【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第13回〉人吉から天草、島原へ

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国托鉢行脚を行うという大変ユニークな経歴の持ち主です。義功和尚はどういうきっかけで仏道を志し、どのような修行体験をしてこられたのでしょうか。毎回ハラハラドキドキの当連載、今回は天草・松島へ渡った義功和尚が直面した逆境と、思いがけず訪れた幸運の一部始終をお送りします。

素泊まりの後に

 熊本県人吉から球磨(くま)川に沿って八代(やつしろ)市。そこで托鉢を済ませ八代港からフェリーに乗って天草の松島に渡った。夕方でもあり宿泊先をと探しているうちに1軒のひなびた旅館を見つけた。ここなら安く泊まれそうだ。中に入って女将さんに声を掛けた。

「寝るだけでいいんですが」

言葉がスルスルと出た。安くして欲しいとはいいにくい。

「どうぞ、どうぞ」

 女将さんは如才ない。金額を言わずにそのまま2階の部屋に私を案内した。夜になり布団にもぐってから宿泊代が気になった。

「幾らだろう? 寝るだけで・・・暗に安くと伝えたはずだが・・・」

女将さんの笑顔を思い出しては大丈夫だろうといつしか眠ってしまった。

 翌朝、荷物をまとめて受付に下りた。

「会計は」

と問うと

「5000円です」

という。一瞬息が止まった。高いと思ったが後の祭りである。確認しなかった自分が悪い。といって値切るのも・・・。修行僧が金銭のことでトラブルを起こすことは禁物である。私は一切を飲み込み支払いを済ませた。すると

「これをどうぞ」

と女将さんが立派なお弁当を差し出した。これがサービスか・・・と思ったが私にとって宿泊代5000円は衝撃であった。思考は止まり、無意識に拒絶していた。

「結構です」

無表情のままに押し返した。そして、早々に出発した。

胸はズシッと重い。ここはまだ田舎町だ。ここで5000円、しかも素泊まりだ。この先値段はどこまで上がることか。それを考えると恐怖である。1日の托鉢で5000円・・・どう考えても簡単ではない。

ここに来るまではツキに恵まれていた。確かに御接待が重なって宿泊代が浮いたことは浮いた。しかし、これからは分からない。5000円が毎日続く。それが現実だとなると心が重くなる。

仏は私を見ておられたか

 日差しはポカポカと暖かく絶好の冬日和である。そこそこ歩いていると天草五橋の最初の橋に来た。見上げると雲ひとつない青空がどこまでも澄み渡っている。また、紺碧の海は波がなく穏やかにひろがっている。その中に緑の島がぽっかり浮かび、弧を描くように白い橋がかかっている。すばらしい景観である。しかし、心はすっかり落ち込んでいる。全国行脚と宣言し意気揚々と出たものの、それも夢のまた夢か。そのうち行き詰まるのではないか。そんな予感にすっかり打ちのめされていた。

 三角(みすみ)港に着いたのが午後2時20分。島原行きフェリーが2時7分に出航したばかり。次は4時40分。まだ2時間以上もある。待合室のベンチに坐り一服したもののゆっくりした気分にはなれない。今日の托鉢の件数も少ないので、よけい気になる。

幸いこの港町は道路を挟んで商店が並んでいる。悩んでいても仕方ない。行動あるのみ。1軒1軒丁寧に托鉢を始めた。そして、この商店街の最後、そこに本屋さんがあった。その店の前でおばあさんが荷造りをしていた。そこに私が立つと

「どうぞ」

と店内に誘った。私は言われるままに中に入り二言、三言、話をしたが、おばあさんの反応がもうひとつ。私の顔をただジィーと見上げている。

「ひょっとして本を買いに来た客と間違えたか・・・」

と思って 

「それでは失礼します」 

と店を出ようとすると

「お坊さん、お坊さん。お経を上げて下さい」

といって本棚の間をずんずん進んで行く。私はその後に従った。店の一番奥まで来ると立派な神棚が御祀りしてある。

「ここで」

と軽く頭を下げた。私は鹿児島を出てから托鉢はしたが、お経を頼まれたことはない。正直嬉しかった。やる以上は真剣にやる。それが師匠の厳命である。本屋さんに客がいようと遠慮は無用。堂々とやらねば・・・。そう決意して音吐朗々(おんとろうろう)声を張り上げた。

私の声は幸い良く通る。30分ほどか無事終わって、挨拶をすると

「これを」 

と封筒を頂いた。それを看板袋に入れて外に出ると港に向かった。

港でフェリーに乗船した。客は少ない。私は中央右の窓際に席を取った。まもなく出航し青い海を眺めていたが、頂いたお布施が気になった。

「1000円か。3000円か・・・」

 封筒をそっと開いてのぞいた。するとお札の右上に5000円という数字が見えた。瞬時に宿泊代の5000円と重なり感動した。偶然といえば偶然だが・・・。仏は私を見ておられたか。目には見えない仏の御加護を頂いたかと喜悦した。一日の不安はここで解消した。

つづく

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小林義功

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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

〈第14回〉ドラマのようなワンシーン

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