2018年10月10日
小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国托鉢行脚を行うという大変ユニークな経歴の持ち主です。義功和尚はどういうきっかけで仏道を志し、どのような修行体験をしてこられたのでしょうか。WEB限定の当連載では、ご自身の修行体験を軽妙なタッチで綴っていただきます。
お昼の食事はアンパン1個
托鉢を続けて行くとようやく一軒のお店屋さんを見つけた。網代笠を取り錫杖(しゃくじょう)を左手に持ちかえ、ガラス戸をガラガラと開けて中に入りました。通路は1人分やっとでその左右の棚には食品が溢れています。その間をゆっくり静かに歩きました。托鉢僧の格好が格好ですから大きな袖を棚に引っ掛けたら大変です。
キョロキョロ見ながら注意深く進むとお目当てのパンの棚を見つけました。安くてボリュウムのあるのはないかと探しましたが、やはりアンパンしかありません。私はその一個を取ってカウンターの上に置きお婆さんに声をかけました。
「100円ですね」
「はい」
返事を聞きながら100円玉1個をパンの横に置きました。アンパン1個が昼の食事だ。49歳の男が・・・胸がジーンと熱くなった。といって感傷に耽ってはおれません。ただちに迷いを払い決意を新にしました。支払いを済ませて振り返ると牛乳のパックがケースの中にある。これも100円。そうそうこれも買ってからと外に出ました。
太陽が高く上がり暖かい。人通りを避けた一角で簡単に食事をすませ托鉢を始めました。でも家がなければ歩くだけだ。これが続けばどうなるか・・・。腹の底には不安がある。・・・考えても分からない。始めた以上は突進あるのみと自分に言い聞かせた。
トンネルを抜けると右手に海岸線がはるかに見える。左手には磯公園。ここは薩摩藩主島津家の別荘であり、ここには集成舘がある。幕末に西洋の先進技術をいち早く取り入れた製鉄所やガラス工場。紡績工場。あるいは大砲などが展示されているとか。桜島と共に見落とせない観光スポットである。歩いていける距離ではあるが、入場料は500円だろうか?800円だろうか?
そんなことをフト思いつつ、我に返ってハッハッハッと大笑いをしてしまった。無理、無理、100円のアンパンに噛り付いている者が何を考えているか。まして修行者が・・・ハッハッハッと気分はここで吹っ切れた。
加治木(かじき)町まで何キロあるか? 地図を開いてみる。15キロはある。1時間に3キロとして5時間。6時、7時か。朝7時45分から歩き続けて疲れている。足の裏も痛い。初日だから無理もないが痛い。慣れてくるまでは半月か、1ヶ月か。
それにしても痛い。スピードも目に見えて落ちる。休もうと思ってもその場所が意外とない。歩道に坐るのは気が引ける。ガードレールでは休めない。どこかないか? 多少ともきれいなところと。ようやく大きな石を見つけた。ここならいいと網代笠を取りリュックを下ろして腰掛けると、体がフワッと軽くなる。脹脛(ふくらはぎ)をさすりホッと一息ついた。
澄み切った青い海と空が広がっている。国道10号線が弧を描いてどこまでも続き、トラックが、乗用車が次々疾走して行く。穏やかな風景の中にすっぽりと包み込まれている。
「さあ、出発だ」
立ち上がり、2、3歩足を踏み出した。痛い! 足の裏が異常に痛い。
「休まなければ良かった」
と後悔したが後の祭り。ペースを一段と落として痛い足を踏みつけ踏みつけ歩く。しばらくすると足が麻痺してしまったのか痛みが和らいだ。
しだいにあたりは暗くなる。宿は……。
姶良(あいら)町に入った。その時には太陽はすっかり西に傾いていた。
「宿があったらとにかく泊まろう。安くなくては・・・」
しだいにあたりは暗くなり、街灯の白い光が路面を照らす。商店街はシャッターが下りて、ひっそりと静まり返っている。人はいない。そこをポツポツと歩く。するとバスストップに1人のご婦人が立っていた。そこで声をかけた。
「近くに宿はありませんか?」
「加治木まで行きませんとね。まだまだありますよ。クルマで15分。どちらから来られました」
「平川の最福寺です」
「えっ、私は正月御参りしたんですよ」
この一言にハッとしました。思わぬご縁に驚いたのです。不安に駆られていた矢先、その明るい声の響きに私の心は思わず弾んでいました。
この方が近くにあるタクシー会社に声を掛けてくれ、加治木町までの正確な距離を聞いて下さった。クルマで10分、歩いて1時間。疲れてはいましたが正確に1時間と分かっただけで、気持ちはすっかり晴れやかになりました。お礼を申し上げて別れました。
それから歩き続けて30分ほどか。橋を渡ると前方に『○○○温泉センター』の大きな看板が目に入りました。今日はここだ。助かった。それが実感でした。そして、玄関に向かいました。
網代笠を被り錫杖を手にした托鉢僧の姿は、今日ほとんど見られなくなった。テレビの時代劇で多少お目にかかるばかり。その大仰な格好で1人で歩く。集団ならともかく1人。勇気がいる。舞台で役者が大声を張り上げなければ役者にはなれない。托鉢も同じだ。買物客でにぎわう街店街。そこで臆してはならない。堂々とお経の声が張り上げなければ托鉢にはならない。
生長の家の本部でおたおたしていた情けない自分はどうやら消えた。私はいつしか強くなっているようだ。しかし・・・そう、しかしである。私には外から見える姿とその内面はおおいに異なり戦々恐々としている。からきし自信がないのだ。
師匠は堂々としている。自信に満ち溢れている。その武器の一つは霊感であろうか。その霊感があたる。その自信だろうか。悩みをもつ人たちの相談にもズバリ返答する。そして、結果が実現するから益々自信を持って対応できる。ところが私には悲しいかな霊感がない。なくても構わない。しかし、僧として仏はこれだという確信があればだ。これもない。格好だけは僧侶であるが、僧侶としての確信がない。だから、自信が欠落している。姿は僧であっても穏やかではない。心中はおどおどしているのだ。
つづく