〝ヘアカットの神様〟が語る——才能より大切なもの〈PEEK-A-BOO代表・川島文夫〉


およそ半世紀にわたり、日本の美容師界を牽引し続ける人物がいます。「PEEK-A-BOO」代表の川島文夫氏。かつて世界最高峰のヘアサロンといわれた「ヴィダル・サスーン」(ロンドン)において、20代で世界の美容史に残るヘアスタイル「BOX BOB(ボックス ボブ)」を発表。その後日本で美容室を開き、喜寿を迎える現在もサロンに立ちます。そんな衰え知らずの美容師人生を支えるものとは何か――。その源泉を探ります。
(本記事は『致知』2025年4月号 特集「人間における運の研究」より一部を抜粋・編集したものです)

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50歳でようやく登山の入り口に立った

〈川島〉
東京に8店舗、330名のスタッフが在籍するヘアサロン「PEEK-A-BOO」の代表を務める僕は、76歳の現在も週に4日はサロンに立っています。

組織のトップになるとサロンに立たない方も多い中で、僕は「ハサミ1本で国境を越えられる」を信条に生きてきた人間です。幾つになっても現場に立ち、髪を切り続ける。サロンワークこそ自分自身の原点なのです。

いまでも1日20人ほどのお客様を担当しますが、午前中に10人担当してキレが増し、午後にさらに10人。仕事をしないとむしろ疲れる体質になりました。週の残り3日はといえば、講習会で日本全国、時に世界各地を回って技術を伝えています。休むのは寝る時くらいでしょうか。

喜寿目前のいまも、毎日のサロンワークが楽しくてたまらない。その情熱がいまも僕をここに立たせています。

美容師になって50年以上が経ち、この頃は、「いつ辞めるの?」と聞かれることも多くなりました。しかし、いまも昔も美容に対する熱量は何ら変わりません。

1975年、27歳の時、ロンドンにある世界最高峰のヘアサロン「ヴィダル・サスーン」で、「BOX BOB」というヘアスタイルを発表しました。半世紀前に生み出したデザインがいまも世界のスタンダードであり続けていることは、現役を続ける一つのモチベーションになっていますが、それも遠い過去の話。あくまでも僕は、若者と同じ目線で時代を切り拓いていきたいと思っています。

美容師としてお客様に喜んでいただくには、技術や理論が欠かせません。しかしそれ以上に大切なのは情熱です。そして僕の場合、その源泉は悔しさでした。

思うようなカットができずにお客様の笑顔が引き出せなかった日、切ってはいけないところを切ってしまった日。自分の無力さに愕然として、眠れぬ夜を過ごした日は数えきれません。それでも、その度に湧き上がってくる、「次こそもっとすごいものをつくってやる!」という滾るような思いが、僕をここまで導いてくれました。

そんなことを繰り返しているうちに、気づけばこの歳になりました。いまではカリスマ、レジェンド、先生と、何かにつけて仰ぎ見られるようになりましたが、先生とは文字通り、先に生まれただけのこと。いつまでも少年のような気持ちで勉強し続けなければ、たちまち時代に取り残されてしまいます。

僕の先生はお客様とZ世代です。若者が持つ溢れんばかりの夢、感性、情熱。これを吸収しない手はありません。これまでも、代表でありながら気持ちは一社員のつもりで、「現在進行形」で美容に向き合ってきました。

実感としては、50歳でようやく登山の入り口に立ち、いまは頂上に向かって駆け上がっている最中です。50、60、70と年を重ねるにつれ、不思議とゴールが離れていく。いよいよその果てしなさを実感しています

目標は生涯現役で美容師を務め上げること。死ぬまで笑顔でサロンに立ち続けて、同業者に勇気と希望を与えたい。美容って楽しいんだよ? 幾つになってもできるんだよ? というメッセージを、人生を懸けて発信していくつもりです。

それと同時に、これからの時代を背負っていく若い人に伝えたいのは、才能より情熱が重要だということです。

僕も手先は不器用です。言わずもがなこれまでに何度も自分の指を切り、それならまだしも、お客様の耳を切ってしまい、血の気が引いた苦い経験もあります。

さらに言えば、僕の師匠で美容界の巨匠、ヴィダル・サスーンでさえも不器用だったかもしれません。一度でできないから、できるまで何度も何度も反復する。そうすればこそ、器用な人にさえ身につかないような技術を会得することができる。

不器用こそ財産なのです。

1970年代当時、ロンドンには世界中から才能ある美容師が集まっていました。おまけに僕には言語の壁もあります。その中で認められるには、情熱と努力、ハードワーク以外にありませんでした。

他のスタッフが仕事を終えてさっさと帰る中、他のスタッフの道具までピカピカにする。サスーンのスタッフであるというプライドから、新規客を受けつけないスタイリストもいる中、僕はその人たちの分まで喜んで仕事を引き受けました。そうした積み重ねの中で、次第にサスーンのメンバーや、担当者を割り振る受付スタッフからも信頼を得て、どんどん仕事が回ってくるようになったのです。

結局大事なのはそういう泥臭いことです。

才能なんて10%あればいい。最後に勝負を分けるのは情熱でしょう。

若いうちは、とにかく雑念を消して無我夢中で努力し続けること。努力も特別なことでなしに、当たり前のことを毎日続けることが肝要です。そうした不断の努力の中で、知識や情熱、未来への希望が確実に蓄積されていきます。

仕事とは終点のない、旅のようなものです。

難しいものを易しく、易しいものを楽しく、楽しいものをより深く。

変わり続ける景色を楽しみながら、幾つになっても活躍してほしいと願っています。僕もまだまだハサミを置くつもりはありません。


◉『致知』2025年10月号に、川島さんがご登場!! お相手は、フランス料理の巨匠・三國清三さんです◉


「ハサミ一つで世界を変えた男」と称されたヴィダル・サスーンの下で研鑽を積み、喜寿を迎えるいまなおサロンに立つ川島文夫氏。フランス料理の巨匠・三國清三氏もまた、数々の師との邂逅を糧に、独創的な料理で日本のフランス料理界を牽引し続けている。美容師と料理人、それぞれの道を極めてきたお二人は、いかなる出逢いによって自己を磨き高めてきたのか。35年以上にわたり親交を深める両氏に、出逢いと挑戦の足跡、仕事・人生の流儀について語り合っていただいた。

◇川島文夫(かわしま・ふみお)
昭和23年東京都生まれ。高山美容専門学校卒業。カナダの美容室勤務を経て、46年ロンドンの「ヴィダル・サスーン」に参加。48年東洋人初となるアーティスティックディレクターに就任。美容史に残るヘアスタイル「BOX BOB」を発表。52年「PEEK-A-BOO 川島文夫美容室」を表参道に開店。現在もサロン勤務を行いつつ、日本全国・世界各地を行脚して技術指導に励む。

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