【羽生善治×桜井章一】 最強の勝負師が語り合う、本当の「才能」

将棋界初の7大タイトル全制覇を成し遂げた最強棋士・羽生善治さんと、麻雀代打ちの世界で20年無敗を誇り伝説の〝雀鬼〟と呼ばれる桜井章一さん。駒と牌、ルールこそ違えど、盤上で数多くの強者と鎬(しのぎ)を削り、勝ち抜いてきたお二人が縦横に語り合う勝負哲学、そして本当の「才能」とは――。

自分の実力を知っておく

◉編集部註:記事は『致知』2017年10月号 掲載当時のものです

〈羽生〉
私は対局で1年中全国を飛び回っていて、桜井さんには時々滞在先にお電話をいただくんですが、お話をしていると、何かもう対局の結果を分かっていらっしゃるように感じるんですよね。

そして、私があるタイトル戦で負けた時には、負け方がよかったと言ってくださいました。こんなことを言ってくださる方は他にいませんから、結構嬉しいんです。

〈桜井〉
羽生さんは、20代からずっと第一線で活躍し続けておられるじゃないですか。それは実力だけでも運だけでもできることじゃない。そこには何かがなければ絶対に成せないことですよ。

いま、たまたま若い棋士が連勝を続けて騒がれているけど、じゃあその子が今後もずっと輝き続けるかっていうのはまた別の話ですよね。ましてや今後は時代も変わってきて、将棋がこれまでのような形で指されるかどうかも分からない。

人が指した足跡を追うんじゃなくて、機械が導き出したものを参考にしてやるようになってしまったら、それは本当の勝負と言えるのかどうか。最近は、スマホさえあれば仕事でも何でもできるなんてバカなことを言ってるやつがいるけど、そうなってしまうと、人との接触がなくなってしまうじゃないですか。

羽生さんは何時間も対局者と接触するわけで、その中で自分の心身も変化するし、相手の心身も変化する。単に将棋の指し手だけじゃなくて、そういうところも勝負の中に入っていると思うんです。そういう面で、羽生さんの場合は何か他の人よりも余分に持っているものがあるんじゃないですか。そこが大切なんでしょうね。

〈羽生〉
桜井さんは、代打ちで生きるか死ぬか、負ければ殺されるかもしれないというような絶体絶命の危機に何度も遭ってこられたそうですね。

〈桜井〉
そういう命懸けの勝負って、最高だよ。僕のやってきた代打ちって裏の世界も絡んでいて、負けたら何をされるか分からないような連中のところに連れて行かれて打っていたわけですからね。

〈羽生〉
しかし、そういう世界でよくご自分を保ってこられましたね。

〈桜井〉
愛嬌でもあったんですかね、こいつ可愛いなっていうところが。そのおかげで結構助けてもらったところはありますよね。

ただ、どんな修羅場に直面しても、気持ちをすっと立て直して勝負に臨んできました。

僕は何事も「準備、実行、後始末」が大事だっていつも言うんだけど、準備ってのはもう前もってあるものだと僕は思っている。そこで改めてするものじゃなくて、自分の心構えの中に既にあって、いつでも出せるものなんです。

〈羽生〉
私は桜井さんほどの修羅場を体験したことはありませんが、結果が出ないとか、負けが込んでいるとかで苦しむことはよくあります。そういう時は、もうその状況を受け入れるしかないっていうことは思いますね。

自分の実力はこれくらいということをよくわきまえておくことも大事だと思います。いまはまだ実力が十分備わっていないんだから、結果が出なくても当然だと自覚していれば、大変な時期でもそんなに深刻にならずに乗り越えていけるかもしれませんね。

その時の自分の状態が分かるリトマス試験紙というのを私は持っていましてね。

よく人から「頑張ってください」って言われることがあるでしょう。その時に「ありがとうございます」って素直な気持ちで言える時って大体いい状態なんです。いや、そんなこと言ったってもう十分頑張ってるよって思う時はあまりよくない。

 〔中略〕

棋士としてのあり方という点では、いまでも印象に残っているのが、亡くなった米長邦雄先生です。

私が初めて名人戦に臨んだ時の相手が、前年に49歳で名人位に就かれた米長先生でしてね。あの時の先生は、対局中に一回も膝を崩されなかったり、並々ならぬ思いを込めて臨んでおられました。

勝負は、私が3連勝して名人位に王手をかけたんですが、そこから先生が盛り返されて2連敗を喫してしまいました。後で知ったんですけど、米長先生は私に3連敗した後、負けたら引退するつもりで第4局に臨まれていたらしいんです。 

ところが先生は、対局の合間の休憩時間などには、立ち会いの内藤國雄先生と朗らかに談笑をなさったりして、そういう覚悟は微塵も感じさせなかった。並々ならぬ決意を持って勝負に臨みつつも、そういう逆の振る舞いをあえてなさっていた姿が、非常に印象に残っています。

米長先生の世代の方とは、タイトル戦を戦う機会が少なかったので、とても貴重な勉強をさせていただきました。


(本記事は月刊『致知』2017年10月号 特集「自反尽己(じはんじんこ)」から一部抜粋・編集したものです)

《関連情報》2023年4月号 特集「人生の四季をどう生きるか」にて、羽生さんにご登場いただきました

◉「炎のマエストロ」と呼ばれ、間もなく83歳になるいまもタクトを振り続ける世界的指揮者の小林研一郎さん。そして、将棋界において前人未到の7冠や通算1500勝を達成し、目下、通算タイトル百期をかけて藤井聡太王将との第72期王将戦に挑む羽生善治さん。
30年来の知己であるお二人は一つの道を貫く中でどのような人生の四季を味わい、どのような心境に至ったのでしょうか。プロとして歩み続けるお二人の仕事観、人生観に学びます。

〝僕は音楽は祈りだと思っているんです。例えば、一瞬演奏が止まって静まり返り、空気の中に沈潜した世界、独特の余韻が残っている時間、その時間こそが祈りなんです〟――小林研一郎(指揮者)

〝棋士にとって一番大切な課題は、やはり負けた時にどう気持ちを切り替えられるかでしょうね。結果は人のせいにはできないし、自分が選んだ手は完全に自分の責任なんです〟――羽生善治(将棋棋士)

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◇桜井章一(さくらい・しょういち)
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昭和18年東京都生まれ。大学時代に麻雀を始め、裏プロとしてデビュー。以来、代打ちとして引退するまで20年間無敗、「雀鬼」の異名を取る。引退後は「雀鬼流麻雀道場 牌の音」を開き、麻雀をとおして人間力を鍛えることを目的とする「雀鬼会」を主宰。著書に『負けない技術』(講談社)『桜井章一 勝運をつかむ100の金言』(致知出版社)など多数。

◇羽生善治(はぶ・よしはる)
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昭和45年埼玉県生まれ。6歳で将棋を始める。小学6年生で二上達也九段に師事し、奨励会(プロ棋士養成機関)に入会。中学3年生で四段となり、史上3人目の中学生プロ棋士に。平成8年7大タイトルを独占し、史上初の7冠に。現在、7タイトル戦のうち6つで永世称号の資格を保持。通算タイトル獲得数単独1位。著書に『決断力』(角川書店)など多数。

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