有機農業で追求する真の健康と幸せ|やぶ田ファーム代表取締役・藪田秀行

北海道の地で、独自の有機農法を確立し、その普及にも尽力している藪田秀行さん。その人生の歩みと、有機農法確立に至る試行錯誤、そして様々な矛盾に溢れる現代社会を生きる私たちに伝えたいメッセージ、よりよく生きるヒントを語っていただきました。

有機農業との出逢い

〈藪田〉
驚くべきことに、いまの日本では成人の2人に1人ががんになるといわれています。心身に支障を来す子供たちも多く、国の医療費は42兆円を突破する異常事態です。

物事にはすべて原因があります。国民がここまで病んでしまった大本を辿っていくと、生産性を過度に追求するあまり農薬や化学肥料、食品添加物を多用した、不自然な食べ物が長期にわたって提供され続けてきたこと。いまの社会の仕組みが、それを助長する形で成り立っている現実が浮かび上がり、私は農業従事者として強い危機感を覚えます。

将来に明確な展望のなかった私が、農業に目覚めたのは大学時代。親の勧めで深い考えもなく進学した大学の農学部で、農業実習に参加した時でした。生まれて初めて体験する野良仕事があまりにも面白く、たちまち農業の魅力にハマってしまったのです。

偶然にもその日は、祖父の訃報がラジオから流れた日でした。祖父は文化勲章も受章した農学者・藪田貞治郎でした。農学部へ進学することを祖父のもとへ報告に行った時、「そりゃまた、えらい所へ行くもんじゃな」と嬉しそうな顔をしてくれたものです。実家は祖父の元から独立し、農業にも従事していませんでしたが、どこかでそんな祖父の影響を受けていたのかもしれません。農業に携わる縁に恵まれたことを、私はいま心から感謝しています。

しかし、大学卒業後に進んだのは、農業とは無関係な親類が役員を務める会社でした。当時は高度経済成長期で、サラリーマンがどんどん昇給していく時代。そんな時代に、実家が農家でもない私がわざわざ農業をやることに、大学の先生が反対されたのです。

会社勤務は18年に及びましたが、その間も農業への思いは断ち難く、平成7年に北海道帯広市が立ち上げた通信制の農業塾へ入塾。3年後には十勝へ移り住んで土と共に生きることにしたのです。

この決断に至ったのは、農業に従事する人々の生き方、家族のあり方、仕事に対する姿勢に心底共感し、憧れを抱いたからです。塾の実習でお世話になった酪農農家は、私を実に温かく迎えてくださいました。皆で明るく力を合わせ、日々一所懸命に牛の世話をする皆さんの姿に、理想の家族を見る思いがしました。

また、私のそうした価値観の拠り所となったのが、農業塾の塾長を務めておられた農村社会学者・小松光一先生の教えです。小松先生によれば、かつての農村集落は、皆で分け合い、支え合いながら生きる理想的な社会であったといいます。

いまでも私の原動力になっているのは、西洋文明に駆逐されたかつての理想社会への憧れです。人生が一変する教えを授けてくださった小松先生のことを、私は敬愛の念を込めて〝人生のペテン師〟とお呼びし、いまでもお慕いしています。

農業を通じて人々の健康と幸せを実現する

十勝へ移って以来、私は一貫して有機農業に取り組んできました。一本立ちするまで4年間指導を受けた泉吉宏さんはその道の大先生で、泉さんの農場で育てられた野菜は、常識を遥かに超える美味でした。学校の子供たちに旨いニンジンを食べさせたいとの思いで、早朝から深夜まで懸命に努力される姿に感銘を受け、私は有機農業一本で生きていく決意を固めました。 

しかし、それは想像以上に険しい道でした。通常の農業の何倍も手間が掛かる上に、抜いても抜いても生えてくる雑草との戦いに体が持たなくなり、3年でギブ・アップを余儀なくされたのです。 

事態打開のヒントをいただいたのが、自然栽培で有名な遠藤内査勝さんでした。過度に人の手を加えない自然なままの畑から、作物が元気に育っている様子を見て、自然界に無駄なものは一つもないことを学んだ私は、それから15年、さらに試行錯誤を重ねました。そして昨年の春、ついに農薬も化学肥料も除草も必要ない、独自の有機農法を確立したのです。 

この農法は、地球が誕生して12億年後に出現し、地球上に酸素を創り出したといわれる光合成細菌・シアノバクテリアを自家培養して畑に散布するもので、化学肥料を使う場合よりも多くの収穫量を実現しています。栽培や資本の負担も大幅に削減され、たとえ未経験の方でも容易に有機農業への参入が可能となる画期的な農法なのです。 

15年にもわたり信念を貫くことができたのは、様々な人との出会い、応援してくれる仲間、さらには祖父の導きなど、多くの支えをいただいてきたおかげです。皆さんの幸せを願えば、どんな無理難題に見舞われても前向きに捉えることができ、自分の想念一つですべてが変わることを学びました。また、多くの人の思いと共に農業を営んでいる実感があるからこそ、私は自分のやっていることに確信を持てるのです。 

いまの世の中では、ともすれば物やお金にばかり関心が向きがちです。確かに経済は大きく発展しましたが、社会には様々な歪みが生じ、それが人間の健康まで脅かしているのが現状です。 

私は先述の小松先生の勧めで〝百姓〟を名乗っています。百姓とはこの世の中のあらゆる事象に通じ、地域に貢献する人を指します。一人の百姓として、自らが確立した有機農法を草の根で広めていくことを通じて、人々の健康と幸せに寄与し、いまの社会に一石を投じたい。それがいまの私の願いです。 


(本記事は月刊『致知』2020年2月号 連載「致知随想」から一部抜粋・編集したものです)

 ◇藪田秀行(やぶた・ひでゆき)=やぶ田ファーム代表取締役

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いま、そこにある食料危機!〟 国内外で取り沙汰される問題について、各界の識者が鋭く切り込む連載「意見・判断」。
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 コロナ禍やウクライナ危機で浮き彫りになった、日本の食糧自給の脆弱さ、その原因と現状を詳しく解説しつつ、では今後私たちはどうすればよいかを語っていただきました。

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