〝ノーブック・ノーライフ〟 いま日本人に読書が欠かせない理由〈齋藤 孝×數土文夫〉


日本人の読書離れが叫ばれています。JFEホールディングス名誉顧問の數土文夫氏と、明治大学文学部教授の齋藤孝氏は、共にこの現実に警鐘を鳴らし続けてこられました。深刻な日本の現状を直視し、お互いの読書体験を振り返る中で見えてきたもの。その一つが、本に込められた精神文化を継承していくことの重要性です。(本記事は月刊『致知』2025年6月号「読書立国への道」より一部抜粋・編集したものです)

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精神文化の継承なくして心は安定しない

〈齋藤〉
日本人の読書離れは、電車の中で皆、スマホばかりを見て、本を読んでいる人がほとんどいないことにも現れていますね。もちろん、スマホでも情報は得られますが、読書とは質が違うと思うんです。思考を深められないというのか、何か浅瀬をずっと移動しているかのような感じがします。

読書をするには著者の深い思考に寄り添う素直さのようなものも必要ですし、素直な心で深さに触れることは読書の醍醐味です。移りゆく情報に気を取られてしまうスマホでは、その醍醐味は得られないでしょう。

特に最近では、文字を読むよりは楽な動画、しかもTikTokのような何十秒かで見終わるような短い動画が流行し、立ち止まって深く思考する、沈潜することをあまり好まない風潮が定着しつつある。私はそのことにとても危機感を抱きますね。

〈數土〉
江戸時代は、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』のような長編を皆、読んでいました。次の展開はどうなるだろう、自分が主人公だったらどうするだろうと胸を弾ませながら読んでいた。ところが、いまのスマホで得られるのは瞬間的な感覚、心地よさだけです。これでは脳の深部が鍛えられるわけがないんです。餌があったら餌に飛びつき、飼い主が来たら飼い主に尻尾を振る犬や猫とあまり変わらないと私は思いますね。

それに、スマホが普及するようになって、人はとにかく結論を早く求めるようになりました。テレビでも、司会者が相手の発言を遮って自分の意見を先に言おうとする。これは何としたことかと。もともとの日本人の性情から考えても、あり得ないことです。

〈齋藤〉
人がスマホで何を見ているかというと、食べ物の情報が多いですよね。食文化を大切にするという意味でいいことだとは思いますが、活字文化とは質が違います。それから見た目をいかによくするかという情報がものすごく多い。他によく見られているのはその時々のニュースなどで、これら浅瀬のような情報によって日本人の脳の多くが埋められていることは確かに否定できません。

私は精神文化を継承することを中心に据えた生活でなければ、心は安定しにくいと思うんです。精神文化というものは本に込められています。

キリスト教の精神文化は『聖書』に、儒教の精神文化は『論語』や『孟子』などに集約されていて、それを読み込むことで自分がその一部となり、精神文化に支えられている実感を得る。

いま心が折れやすい人が増えているといわれますが、その原因は精神文化の継承ができていないことにあるのではないでしょうか。

〈數土〉
特に21世紀になってから日本人の精神は退化してきました。テレビで聞く発言も「うわー」とか「すごい」とか「うま」とか、感嘆詞がものすごく多い。ここはテレビ局自身が数値解析を使っていかに感嘆詞が多いかを知って、自戒しなくては駄目ですよ。歯止めをかけないと、日本人はますます動物化してしまいます。

齋藤先生は「精神文化を継承することが中心にある生活でなければ、心は安定しにくい」とおっしゃいましたが、感嘆詞だけで心の安定が得られるはずがありません。 また、感嘆詞ではありませんが、政治家でも「誠実に」「きっちりと」「しっかりと」という常套句がとても多くなってきている。いくら思い入れたっぷりに語っても、常套句にはインテリジェンスは全く感じられません。常套句ばかり連発する人は本当の政治家にはなれないとさえ思いますね。

〈齋藤〉
いまおっしゃったインテリジェンスと直結しているのが読書なんですね。見方を変えると、読書をせずにインテリジェンスを育むのはとても難しい。足で書物を踏むことができないのは、本は著者の人格そのものだからです。その高い認識に基づいた文章を、長時間にわたって素直に聞くという読書のあり方が知性に繋がるのだと思います。

それに、読書を通して著者の話をきっちりと意味を取るように聞き続けることで、物事に柔軟に対応する素直さも鍛えられる。読書を続けると、自分とは違う意見も当然本の中に出てくるわけで、多くの書物に触れることは、実生活の上で相手と違う意見をいったん受け入れる訓練にもなるんです。


◉『致知』2025年6月号 特集「読書立国」◉
対談〝読書立国への道

數土文夫 (JFEホールディングス名誉顧問)
齋藤 孝(明治大学文学部教授)

 ↓ 対談内容はこちら!

◇読書量の差はそのまま語彙力や思考力の差
◇精神文化の継承なくして心は安定しない
◇読書を通して人間の多様な生き方を知る
◇欧米人を感動させた日本人のインテリジェンス
◇学び続ける風土が日本に根づいていた
◇承認欲求が人の成長を遅らせる
◇新渡戸稲造が説く読書の効用
◇読書を通して精神力が強くなる
◇読書活動を学校教育の中心に
◇日本の精神文化は読書によって培われた

 

◇數土文夫(すど・ふみお)
昭和16年富山県生まれ。39年北海道大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。常務、副社長などを経て、平成13年社長に就任。15年経営統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17年JFEホールディングス社長に就任。経済同友会副代表幹事、日本放送協会経営委員会委員長、東京電力会長を歴任し、令和元年より現職。著書に『徳望を磨くリーダーの実践訓』(致知出版社)。

◇齋藤 孝(さいとう・たかし)
昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。著書に『国語の力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』『齋藤孝の小学国語教科書全学年・決定版』『人生がさらに面白くなる60歳からの実語教/童子教』(いずれも致知出版社)など多数。

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