2024年11月11日
月刊『致知』で「生命科学研究者からのメッセージ」を連載されている筑波大学名誉教授の村上和雄先生が2021年4月13日、逝去なさいました。
村上先生は長年、弊誌を応援してくださった識者のお一人です。遺伝子工学の世界的権威として高名である一方、遺伝子を研究する中で、その構造や働きが偶然に生まれることはあり得ず、「人智を超えた偉大なる存在」なしに到底説明はできないという結論に至られました。
先生がそれを〝サムシング・グレート〟と名づけたことで、その呼称は世代を超え広く知られるようになりました。生前の偉大なご功績は、後世にいつまでも語り継がれることでしょう。人間の魂についても深く研究されていた先生のご冥福をお祈りし、読者からも大変人気の高かった連載からお届けいたします。
※情報は2021年当時のものです
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驚きに包まれた生命の神秘
〈村上〉
……ここまで私の研究人生を足早に振り返ってきましたが、その過程において最大の出逢いといえば、やはりサムシング・グレートであることは間違いありません。
初めてサムシング・グレートという言葉を私が使ったのはかれこれ30年近く前のことなので、私が50代の頃です。当時は「高血圧の黒幕」と目されていたヒト・レニンの全遺伝子解読を成功させた後のことで、時間的にも精神的にも少し立ち止まって自分たちの研究成果を振り返ることができた時期でもありました。
目標に向かって研究に従事している時はそれこそ必死の毎日で、何か他に考えている余裕すらありませんでしたが、改めて自分たちが解読した遺伝子暗号を眺めていた時に、ふと言いようのない感動に包まれたのです。
そもそもヒトの設計図は32億もの科学文字で書かれています。これを例えば本にすると、1ページ1000語で1000ページの大百科事典が3千2百冊分に匹敵するほどの分量になる。その膨大な情報が書き込まれたDNAの存在によって、私たちはこうして生かされているのです。
しかもこの遺伝子暗号は、顕微鏡で一億万倍に拡大しても読めないような超微細な文字で書かれています。これだけでも大変なことであって、こうした情報を読む技術が発達したこと自体すごいことだと言えるでしょう。
しかし、もっとすごいことがあります。それはこの万巻の書物に匹敵する情報が誰かの手によって書かれたということです。それが人間ではないことはすぐに分かります。
では、それは一体誰によって書かれたのでしょうか。人間を遥かに超えた何ものか、つまりサムシング・グレートによって書かれたとしか、言いようがないというのが私の実感でした。それゆえに生命の神秘を司る存在を、サムシング・グレートと私は呼ぶことにしたのです。
さらにヒトの遺伝情報(1ゲノム)の重さを計算してみたところ、そこにはさらなる驚きが待っていました。1ゲノムは、細胞内の核の中にある染色体に収められていますが、その重さたるや実に1グラムの2千億分の1にすぎないことが分かったのです。
このことを別の観点から説明すると、例えば現在地球上に生きる約70億人分の遺伝情報を集めたとしましょう。果たしてどれくらいのスペースが必要になると思いますか? 驚くべきことに、そのすべてを集めたとしても、1粒のお米の中にすっぽりと収まってしまうのです。つまり1ゲノムの重さは、お米1粒の70億分の1に相当するのです。
感謝の心が道をひらく
サムシング・グレートがどんな存在なのか、具体的なことは私にも分かりません。しかしそういった存在や働きを想定しなければ、小さな細胞の中に膨大な生命の設計図を持ち、これだけ精妙な働きをする生命の世界を当然のこととして受け入れることは、私には到底できないことでした。
それだけに、私は生命科学の現場で研究を続ければ続けるほど、生命の本質は人間の理性や知性だけでは説明できるものではないと感じるようになりました。
進化生物学者の木村資生氏によれば、この宇宙に一個の生命細胞が生まれる確率は、1億円の宝くじが100万回連続で当たるくらいの、とんでもなく希少な確率だそうです。となれば、私たちの存在はとんでもなく「有り難い」ものだと言うことができるでしょう。
さらに言えば、世界の富をすべて集めても、ノーベル賞学者が束になってかかっても、ごく単純な大腸菌一つ元から創れないのが現実なのです。にもかかわらず、私たちの身体には、約37兆個の細胞(最近の研究で明らかになった数字)が存在し、お互いに助け合いながら、喧嘩することなく調和を保って生きている。これは本当に不思議なことです。
それだけに、我われは大自然の不思議な力で生かされているという側面を決して忘れてはならないと思うのです。
最後に我が80年の人生を振り返った時に、心からありがたいと思うのは、奈良県の天理で生まれたご縁で天理学園に学び、天理教の教えに浴せたことでした。その教えに導いていただいたおかげで、今日まで来ることができたと最近つとに実感しています。
どれだけ優秀な研究者であっても、時代に恵まれなければ一流の仕事はできません。ところが二流であっても時流に乗れば、一流の仕事ができることもあるのです。
私は研究者としてトップクラスに位置するほどではないと思っていますが、思いがけないところで天や運に味方されたことで自分でも納得のいく仕事をさせていただくことができました。科学者らしからぬかもしれませんが、いつも心の中では「ありがたい。これは決して自分の力だけでしたことではないんだ」という感謝の気持ちを持って歩んできました。――
(本記事は月刊『致知』2018年7月号 連載「生命科学研究者からのメッセージ」〔第1回〕より一部を抜粋・編集したものです)
【全36回】村上和雄先生が書き遺したメッセージ——人間の生き方からコロナとの向き合い方まで
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◇村上和雄(むらかみ・かずお)
昭和11年奈良県生まれ。38年京都大学大学院博士課程修了。53年筑波大学教授。平成8年日本学士院賞受賞。11年より現職。23年瑞宝中綬章受章。著書に『スイッチ・オンの生き方』『人を幸せにする魂と遺伝子の法則』『君のやる気スイッチをONにする遺伝子の話』『〈DVD〉スイッチ・オンの生き方』『〈CD〉遺伝子オンの生き方』(いずれも致知出版社)など多数。令和3年4月逝去。