「みんなちがって、みんないい」—— 金子みすゞが詩に託した思い

童謡詩人の巨星と称されながら、若くして世を去った詩人・金子みすゞ。国語の教科書などを通して、その珠玉の詩に心動かされたことがある、という方はたくさんいることでしょう。ここでは、四半世紀の長きにわたってみすゞの詩を世に問い続けてこられた「かねこみすず記念館」館長・矢崎節夫さんに、みすゞが詩に託した〝思い〟について語っていただきました。

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こだまでしょうか、いいえ、誰でも。

遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう。
「もう遊ばない」っていうと
「もう遊ばない」っていう。
そして、あとで
さみしくなって、
「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。

512篇ある金子みすゞの詩を俯瞰(ふかん)した時、全篇を優しく包み込むような作品がこの『こだまでしょうか』ですと、私はずっと言い続けてきました。

それだけに今回の東日本大震災を受けて、CMでこの詩が流れたと聞いた時は本当に驚きました。この詩で私が注目したいのは、「こだまでしょうか」という呼び掛けに「いいえ、誰でも」と答えている末尾の一文です。

よいことも悪いことも、投げ掛けられた言葉や思いに反応するのは「こだま」だけではなく、万人の心がそうだとみすゞは言っているのです。
この詩を耳にした日本人は、被災された多くの方々が味わった悲しみや辛い思いに対して、こだまする自分でいられるかどうかと考えたのではないでしょうか。一人ひとりがこの震災がもたらした被害を、自分のこととして感じる1つのきっかけを与えたのが『こだまでしょうか』の詩だと思います。

こだまというのは、山から投げ掛けた言葉がそのまま返ってくるわけですから、大自然の懐に包まれたような安心感を生み出し、私たちの心を優しくしてくれるのです。この詩に触れ、心の内で何度もこだましているうちに、どこか優しくなれた自分を見つけることができたのでしょう。

募金活動がこれほどの大きなうねりとなり、また多くの日本人がボランティアとして被災地へと向かう後押しをしてくれたのが、「こだまでしょうか」という言葉だったのだと思います。言葉にはこれほどの力があるということを、私は改めて教えられた気がしました。

人間を温かに見つめる金子みすゞの詩

2011年の3月、イランでペルシャ語に翻訳された金子みすゞの詩集が出ました。その翻訳にあたられた方がこうおっしゃいました、「金子みすゞの詩は人間の詩」だと。非常に的を射た表現だと思います。

金子みすゞの詩というのは、民族も宗教もイデオロギーも超えて、人間本来の眼差しで歌われています。だからこそ、世界11か国語で翻訳され、しかも中国の四川省で起きた地震の時には、みすゞの詩が被災した子供たちの心のケアにも使われたのです。

人間を温かに見つめるみすゞの詩の原点はどこにあるのかと言えば、それは自他一如、みすゞの言葉を借りれば「あなたと私」という眼差しです。私たちは誰しも自分が人間だという認識を持って生まれてきたわけではありません。両親や周囲の人たちの姿を通して、初めて自分は人間だということを認識できるのです。

このような根源的なことを教えてくれるのは、あなたの存在であって私ではありません。あなたがいなければ私は存在しえないのです。つまり、二人で一つ。ですから幸せや悲しみを感じる時も、片一方が幸せでもう片方が不幸という構図は本来ありえないのです。

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『私と小鳥と鈴と』

いま、なぜ金子みすゞの詩が注目を集めているのかというと、それは「自分」という存在は自分以外の誰かがいて、初めて成り立っているという基本的なことを思い出させてくれているからだと思います。

そのことを端的に表現しているのが、子供たちに人気のある『私と小鳥と鈴と』という詩です。

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面を速く走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

「みんなちがって、みんないい」はよく知られたフレーズですが、その一行前には「鈴と、小鳥と、それから私」と書かれています。
ご覧いただくと分かるように、この一文は詩のタイトルで一番最初にいた「私」を最後に持っていきました。「あなたがいて私がいる。あなたと私、どちらも大切」と考えた時にはじめて、「みんなちがって、みんないい」という言葉が生まれてくるのです。みすゞにとっては小鳥も鈴も自分そのものであり、優劣をつけるという考え方はありません。

それが個性尊重ばかり重視されると、私ばかりに重点が置かれ、「みんなちがって、みんないい」の一文が、個人のわがままを助長することに繋がってしまうのです。

また、みすゞの詩は人間や動物にとどまらず無機物に対しても温かな眼差しを向けています。先ほどの詩に「鈴」が詠まれていることからも分かるように、宇宙空間にあるもの、地球上のすべてのものは同等の価値を持つとの考えから、命のある、なしはまったく関係なく、どちらも尊いのです。

おそらく本人はこのような宇宙の真理を理屈なしに、ごく自然のこととして捉えていたのだと思います。ですから、例えば石を見ると、その石に心がすっと移って、石の視点で世界を見ることができた。この世に存在しているという、そのこと自体がいかに素晴らしいことかという感覚を常に心に宿していたのではないでしょうか。みすゞは一滴の水からでも宇宙を見ることができた、稀有の詩人だったのです。


(本記事は『致知』2011年7月号 特集「試練を越える」より一部抜粋したものです)

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◇矢﨑節夫(やざき・せつお)
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昭和22年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。童謡詩人佐藤義美、まど・みちおに師事。57年童話集『ほしとそらのしたで』(フレーベル館)で、第12回赤い鳥文学賞を受賞。金子みすゞの遺稿512篇を発見し、『金子みすゞ全集』(JULA 出版局)として出版するなど、金子みすゞ作品の編集・発行に携わる。著書に『童謡詩人金子みすゞの生涯』など。

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