ウクライナ戦争はいかに終結に向かうのか——陸上自衛隊元陸将補・矢野義昭

ウクライナ戦争に加え、中東でも危機が勃発しました。ますます混迷を深める国際情勢は今後どうなっていくのか、そして日本はいかにこの大変革の時代を生き抜いていけばよいのか。『核抑止の理論と歴史』などの著書がある元陸将補で日本安全保障フォーラム会長の矢野義昭さんに、メディアに溢れるプロパガンダに惑わされない、ウクライナ戦争の実際、これからの趨勢について語っていただいた。

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ウクライナ戦争終結のシナリオ

<矢野>

いま世界は大転換期を迎えています。今後の世界秩序は欧米、特にアメリカの覇権が相対的に低下していくことによって、〝多極化時代〟を迎えることになるでしょう。アメリカ一極覇権の時代が終わり、多極化していく世界の中で日本は一極としていかにして生き残っていけばよいのか─。それを探るには、現在の世界情勢を正確に把握することが必要です。

まず一つには、ウクライナ戦争の趨勢(すうせい)です。戦時には、実際の戦闘以外にも自国に有利な情報を意図的に流すプロパガンダ戦が展開されるのが常ですが、ウクライナ戦争も例外ではなく、これまでロシア・ウクライナ(同国を支援する欧米諸国)双方のプロパガンダが大量に流されてきました。

欧米と共にウクライナを支援する立場にある日本では、欧米側に立ったプロパガンダがそのままメディアで流されているのが現状です。

プロパガンダに惑わされず、現実を正確に把握するには、両軍の動きが分かる衛星画像、インドなど中立的な立場をとる国々の報道、現場を歩いて情報を集めているフリージャーナリスト、独自の情報源を持つ専門家の見解を広く参照していくことが求められます。

そうした情報を総合すると、ウクライナ戦争はロシアの有利な状況で終結する可能性が非常に高いと私は見ています。

例えば、両国の軍事力の差です。軍事大国であるロシアは、当初から圧倒的な火力を背景にした火力消耗戦、つまり遠距離からの砲撃や最大数百キロもの射程を持つ精密誘導ミサイルによる攻撃を主体とし、自軍の損害を最小限に抑えつつ、ウクライナの兵員と装備を損耗させる戦略を一貫して継続してきました。

特にグローバルな情報・警戒監視・偵察(ISR)網と結合した精密誘導ミサイルの命中精度は極めて高く、ウクライナの兵士や欧米から供与された戦車、武器弾薬類も前線に到着する前にその多くが殺傷・破壊されているのが実態です。

さらに、ロシア軍は高性能の赤外線センサーやミリ波レーダーを活用することで、夜間や悪天候下でも攻撃を絶え間なく続け、ウクライナ軍に損害を与えています。

また、ロシア軍は火力消耗戦によりウクライナ軍の攻勢を抑え込みながら、現在占領しているウクライナ東・南部の全正面に、約千キロにわたる堅固な防衛陣地帯を構築してきました。

特に南部正面には三線、四線の蜘蛛の巣のような陣地帯をつくっており、その陣地帯の最前線に対人・対戦車地雷帯が、その後方の主陣地には機関銃や対空・対戦車ミサイルが多数設置されています。

今年6月に開始されたウクライナ軍の反転攻勢は、そのような堅固なロシア軍の陣地帯に阻まれ、ほとんど前進できないまま失敗しました。これは欧米やウクライナ軍関係者も認めている事実です。

一方のロシア軍は、現在ドンバス地域北部のスラヴャンスクに攻勢をかけ、徐々に前進しています。そのまま北上してハリコフを獲る、もしくは南西部ケルソン正面の攻撃を強化して黒海沿岸のオデッサを獲る、これがロシア軍の冬季攻勢の目標になるでしょう。

気になる両軍の損害ですが、ウクライナは開戦以降、18歳から60歳の成人男性の出国を原則禁止し、約22万の現役軍人に加えて90万の予備役を総動員してきました。しかし、衛星画像による墓地の増加数や現地の病院の調査などを総合すると、この一年半の戦闘により約45万~50万人の戦死者、負傷者を合わせると約80万人以上の死傷者が出ていると見られています。

この壊滅的な人的損害に加え、電気・水道・鉄道等のインフラもロシア軍のミサイル攻撃で徹底的に破壊されていますから、ウクライナは国家崩壊の瀬戸際まで追い込まれていると言えるでしょう。

ロシア軍に関しては、予備役30万人の動員を含め、約120万の兵力をウクライナに展開しているとされていますが、先述したように人的損害を極力抑える戦略をとっており、軍の戦死者は約6万人、負傷者を合わせて10数万人ほどの死傷者だと見られています。

兵員の損耗に加え、ウクライナを悩ましているのが深刻な弾薬不足です。先般、NATOのストルテンベルグ事務総長が、NATOの弾薬在庫が尽きかけている、増産には少なくとも数か月かかることを正式に発表しました。

一方のロシアは年間200万発の生産能力を備えているとされ、戦争が長引くにつれ、ロシアとウクライナ・NATOの軍事力の格差はますます開いていくと考えられます。

いずれにせよ、ウクライナ・NATO側はこれ以上の戦争継続は難しく、ロシア側も現状で停戦したいのが本音だと思います。というのは、ロシア軍はプーチン大統領が「ネオナチ」と呼ぶウクライナ内務省傘下の極右組織・アゾフ大隊をマリウポリの戦いで壊滅させ、ロシア系住民が多いウクライナ東南部の大部分を占領し、当初掲げた開戦目的をほぼ達成しているからです。

また、プーチン大統領は、来春の大統領選を前に、これ以上戦死者が増えることによって国民、特に戦場に我が子を送っている母親層から政権批判の声が上がることに敏感になっていると言われています。

おそらく現在のロシア軍の陣地帯を事実上の国境とし、ウクライナ戦争は終結に向かうのではないかと思います。

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★本記事は『致知』2024年1月号掲載「意見判断」の一部を抜粋・編集したものです。全文は本誌をお読みください。

矢野さんの記事には、

・世界秩序を左右するウクライナ戦争の趨勢

・国家の真の強さはGDPでは測れない

・日本は多極外交と独自の核武装を急げ

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◇矢野義昭(やの・よしあき)

昭和25年大阪府生まれ。47年京都大学工学部機械工学科卒。同年同文学部中国哲学史科に学士入学、49年卒。久留米陸上自衛隊幹部候補生学校入校、美幌第6普通科連隊長兼美幌駐屯地司令、第一師団副師団長兼練馬駐屯地司令などを歴任。平成18年小平学校副校長をもって退官(陸将補)。元拓殖大学客員教授、日本経済大学大学院特任教授、現岐阜女子大学客員教授。令和4日本安全保障フォーラムを設立し会長就任。X(旧Twitter)などSNSでも精力的に情報発信を行っている。5年公益財団法人アパ日本再興財団主催 「真の近現代史観」懸賞論文最優秀藤誠志賞を受賞。『核抑止の理論と歴史』(勉誠出版)など著書多数。

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