2023年12月13日
広告マンとして充実した日々を送っていた最中の2014年、27歳の時に難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された武藤将胤さん。しかし、武藤さんは突然降りかかった人生の逆境にも決して屈することなく、「WITH ALS」を立ち上げるなど、テクノロジーを駆使して様々な事業を展開し、飽くなき挑戦を続けてこれました。武藤さんに人生の歩みを振り返っていただきながら、その挑戦の軌跡と使命について語っていただきました。
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自分の挑戦が仲間の希望になる
〈武藤〉
2017年、「WITH ALS」の活動に専念するため広告会社を退職することにしたのですが、通院やリハビリも含めてスケジュールはびっしり。むしろサラリーマン時代よりも忙しくなりました。
しかしその一方、ALSは確実に進行し、家族や周囲のサポートがなければ日常動作を一人で行うことが難しくなり、移動は車椅子に。やがて栄養は胃瘻(いろう)でとり、夜間だけ人工呼吸器をつけるようになりました。朝、目が覚めると、まず昨夜まで動いていた部位が同じように動くか、瞼(まぶた)の開閉はできるかなど、体の状態を真っ先に確認するのが習慣になりました。
前の日と同じように動かすことができなかった時は、恐怖を感じましたが、それを繰り返していくうちに、できなくなっていくことを嘆くよりも、常に未来を予測して、今できることに集中し、価値を見出していこうと思えるようになりました。そして自分のその歩み、軌跡自体が、仲間たちや次の患者さんたちの生きる希望になるんだと心を奮い立たせたのです。
ただ、2019年、呼吸に必要な筋肉が衰えたことで気管切開手術を受けるとなった時は、動作だけでなく声まで失う、コミュニケーションまで絶たれて周囲から閉ざされるのかと、怖くてたまらなかった。まるで自分のアイデンティティが奪われる感覚でした。
幸い「スピーチカニューレ」という器具を装着することで、声を取り戻すことができましたが、手術後に初めて私の声を聞いた妻は涙を流して喜んでくれました。その姿を見て、「自分の声は自分だけのものじゃない。家族や仲間のためにも自分の声を残す意義があるんだ」と気づかされたのです。
その気づきをきっかけに、ALS患者さんの声を保存する共同プロジェクト「ALS SAVE VOICE」を立ち上げました。合成音声技術を持つ企業に協力を仰ぎ、予め自分の声を元に合成音声を生成して保存。それを盟友・吉藤健太朗さんたちが開発した、視線の動き(視線入力)で文字などを打ち込めるソフト「OriHime eye」(おりひめあい)と連携させました。
これにより、視線入力で打ち込んだ文章を合成音声で再生することが可能になったのです。
その後、食べ物の通り道と空気の通り道を分離する咽頭気管分離術という手術を受けた私は、完全に声を失いました。しかし合成音声と視線入力を掛け合わることによって、いまもコミュニケーションを取ることができています。
また、働きながら私の介護をしてくれていた妻の負担を減らしたいと思ったことをきっかけに、難病患者の介護の問題にも取り組むようになりました。
「重度訪問介護」の制度を利用しても、人材不足で困っている患者さんがたくさんいることを知り、「それなら自分たちで事業所をつくってしまおう」と、重度訪問介護事業所「WITH YOU」を設立。介護人材の派遣を通じ、ALSをはじめ、重度障がいを抱えた患者さんを少しでもサポートできればという思いでいまも運営を続けています。
確かに、私はALSによっていくつもの身体機能を奪われていきました。それでも未来を信じて行動していったことで、自分のやれることは逆に拡張していったように思います。
特にテクノロジーの活用は、若くして発症した自分だからこそ社会に提案できるものがあると思っています。テクノロジーを駆使して、人間の限界に挑戦することが私の使命なのです。
(本記事は月刊『致知』2022年5月号 連載「挑戦と創造」より一部を抜粋・編集したものです)
◉『致知』2022年5月号には、難病にも屈せず、様々な事業に挑戦し続けている武藤将胤さんがご登場。人生の困難にいかに向き合ったか、また挑戦し続けるエネルギーの源泉、一度きりの人生を悔いなく生きるために大切なことを語っていただいたいます。ぜひご覧ください!詳細はこちら(全文は電子版でもお読みいただけます)
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◇武藤将胤(むとう・まさたね)
昭和61年アメリカ・ロサンゼルス生まれ、東京育ち。大学卒業後、博報堂/博報堂DYメディアパートナーズで、様々なクライアントのコミュニケーション・マーケティングプラン立案や新規事業開発に従事。平成25年に難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症。一般社団法人WITH ALSを立ち上げる。現在は、クリエイティブの力で、「ALSの課題解決を起点に、全ての人が自分らしく挑戦できるBORDERLESSな社会を創造する。」ことをミッションに、エンターテインメント、テクノロジー、介護の3領域で課題解決に取り組んでいる。