写真を通じて日本の伝統を守り伝える——写真家、バッハ・志保さん

写真提供:バッハフォトグラフィー

バッハ・志保さんがフランス人写真家の夫と共に運営する「バッハフォトグラフィー」では、一般的なポートレートやイベント撮影だけではなく、神社仏閣、茶道や武道、伝統芸能など、日本の文化伝統に焦点を当てた独自の撮影を行い、多くの方から喜びの声が寄せられています。バッハ・志保さんはどのような道のりを得て、現在の活動に至ったのでしょうか。その原点をお話いただきました。

単身アメリカへ

〈バッハ・志保〉

本当は着物で日本髪の花嫁さんになりたかった。人生で一度は着物、袴、振り袖で、浴衣姿をプロに撮ってもらいたい。茶道や武道などの日本の伝統文化、明治・大正のレトロな雰囲気がとても好き……。

私がフランス人写真家の夫と共に運営する「バッハフォトグラフィー」(京都府)では、一般的なポートレートやイベント撮影と共に、そんなお客様の好みやご要望にお応えする独自のサービスを提供しています。

例えば結婚式や各種記念日の撮影では、明治・大正の雰囲気漂う日本家屋、観光客が足を踏み入れないような静かな神社仏閣をあえて選んで撮影を行っています。

また、簪(かんざし)、櫛(くし)などの小道具、着付けや髪結についても、その道のプロフェッショナルと協力し、江戸時代なら江戸時代、明治・大正時代なら明治・大正時代の趣が出るよう細部までこだわってきました。

日本文化には、西洋には見られない影と光、陰と陽が織りなす独特の世界、美、魅力があります。着物でも、光の加減により色の見え方が全然違ってくる。撮影中、その着物が見せる微妙な色合いの変化、美しさにお客様が気づいた時、何か大切なものを思い出したかのようにパッと心に光がともる瞬間があります。

そうしたお客様の変化に接すると、やはり私たちには先人から脈々と受け継いできた日本人としての記憶が、いまなおDNAにしっかり刻まれていることを実感します。

とはいえ、私自身、かつては写真とも、日本の伝統文化ともほぼ無縁の人生を送っていました。私は京都で生まれ育ち、小学五年生から剣道に親しんでいたものの、「俺の言う通りの道に進め」というタイプの厳しい父親への反発、歴史ある土地によくある様々なしがらみが嫌になり、親元から離れたいとの思いが次第に強くなっていきました。

そして高校卒業後の1987年、アルバイトで貯めた資金を手に、半ば勘当状態でアメリカへ飛び出したのです。

一年半ほどは何とか食い繋つなぐことができたのですが、いよいよ生活が逼迫するに及び、反発していた父に助けを求めました。父も、おまえの気持ちはよく分かったと応援してくれ、現地の大学に通う資金を援助してくれたのです。

30以上の大学に手紙を出し、最終的にはワシントン州ベルビューの大学に通うことになったのですが、そこで思いがけず写真との出合いが訪れます。通学途中の飲食店に、フランスの著名な写真家ロベール・ドアノー氏の『パリ市庁舎前のキス』という作品が飾られており、それを見た瞬間、胸がどきっと高鳴り、たちまち魅了されたのです。

3年半の在学中、私は通学の行き帰りで毎日この作品を眺め、「ああ、素晴らしい写真だなぁ」と、写真への憧あこがれを深めていったのでした。

ただ、その時は写真家になろうとは思わず、大学卒業後は米航空会社のアテンダントの方と結婚し、私自身は日本のゲーム会社のアメリカ支社で働くことになりました。

ゲーム会社では関連機器のプロデュース業務を担当させていただき、日本、中国、韓国、タイなどを飛び回る日々が続きました。やりがいはありましたが、案の定、体を壊し、さらに夫との離婚も重なって日本に戻る決断をしました。1999年のことです。

運命に導かれて

写真提供:バッハフォトグラフィー

〈バッハ・志保〉

帰国後は東京を拠点にインターネット関連会社などで働きながら、再婚、二人の子の出産、二度目の離婚と人生の紆余曲折を経験しました。その中で我が子の姿を収めたい一心で写真を撮り始めたのが写真との第二の出合いとなりました。ただ、この時も本職にするには至りませんでした。

そんな私の転機となったのは2009年、父の突然の死でした。若い頃は反発したこともありましたが、最後は私を信じて支え応援してくれた、孫の誕生を一番喜んでくれていた父……。大事な存在を突然失ったことで、心に大きな空洞ができた私は、二人の子供を連れ、母が一人待つ京都の実家に帰ったのでした。

そしてふらつく心を立て直そうと、再び習い始めた剣道が、意外にも写真家の道へと私を導いてくれたのです。フェイスブックに剣道の稽古写真などをアップしていたところ、フランス人写真家の現在の夫が友達申請してきたのでした。夫は大の親日家で、資金を貯めては来日し、日本の神社仏閣、武道や伝統芸能の写真を撮影していました。

それから、来日時に一緒に撮影に出掛けたり、パートナーとして交流を深めていったのですが、彼の作品を見た私は、「こんなに深い表現ができる人がいるんだ」「日本はこんなにも美しかったんだ」と大きなショックを受け、「日本人がそれを表現できないのは恥ずかしい」と、本格的に写真を撮り始め、現在に至るのです。夫の写真によって私は日本を再発見したのでした。

フランス人写真家の夫・サシャさんとの一枚(写真提供:バッハフォトグラフィー)

そしてその時、脳裏にパッと出てきたのが、若き日に魅せられた『パリ市庁舎前のキス』。やはり私は写真の道に導かれる運命だったのかもしれない、そう思いました。

いま撮影で特に意識しているのは、剣道にも通じる日本人独特の「間合い」です。些細な言葉掛け、動作、タイミング、周囲の空間……その微妙な「間合い」によって、その人・場所が見せる表情、雰囲気は全く違ってきます。

間合いをはかり、最高の一瞬を一枚に収める――そうした一枚がお客様の心に灯をともし、さらには素晴らしい日本の伝統文化を人々に守り伝えていく一助になれば、それ以上の喜びはありません。


★(本記事は月刊『致知』2023年6月号「わが人生の詩」一部抜粋・編集したものです)

◇バッハ・志保(ばっは・しほ)――写真家/バッハフォトグラフィー運営。バッハ・志保氏の写真・作品はFacebookページもしくはインスタグラム@shihobachで見ることができる。

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