日本はなぜ明治維新という〝革命〟を実現できたのか? 渡辺利夫×新保祐司

近代化という難事業を僅か40数年で成し遂げ、世界の文明国として躍り出た明治日本。当時のアジア諸国の中で、なぜ日本だけが近代化を実現することができたのでしょうか。それぞれ日本近現代史、明治の文化に造詣の深い、拓殖大学学事顧問の渡辺利夫さんと、文芸批評家の新保祐司さんに語り合っていただきました。

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旧体制が新体制の人材を育んだ

〈渡辺〉
明治時代について語り合う前に、一つ確認しておいたほうがいいと思うことがあるんですよ。それは、明治維新は、江戸時代の地方分権的社会から天皇親政による中央集権的国家への体制転換だったということです。

つまり、薩長を中心とする西南雄藩が古代に淵源を持つ天皇を権威の象徴として戴き、徳川幕府という旧体制、アンシャン・レジームをチェンジした。日本人は激しい言葉を好みませんから、「維新」という大変穏やかな表現を使っていますが、これは〝革命〟といってよいのだろうと私は思います。

〈新保〉
なるほど。

〈渡辺〉
そして、この革命の核心になったものは何かというと、やはり明治4(1871)年の「廃藩置県」なんですよ。それまでは幕藩体制といって、徳川幕府が中央政府の役割を担いながらも、全国には260もの自律的な藩が存在する地方分権的社会でした。

しかし藩を廃して県を置く「廃藩置県」により、地方が中央政府のコントロールの下に置かれるようになった。ですから、「廃藩置県」は、地方分権社会から中央集権国家への転換点なんですね。

そこから明治政府は、学制発布、国民皆兵、地租改正、殖産興業、富国強兵、帝国憲法発布、帝国議会開設、日清戦争・日露戦争の勝利、不平等条約の改正など、僅か40数年の間に猛烈な勢いで近代化を成し遂げていく。これは革命以外の何物でもありませんよ。

〈新保〉
確かに、「廃藩置県」が日本の近代化に果たした役割は大きかったですね。

〈渡辺〉
当時のアジアの国々の中で、日本だけがなぜそうした体制転換、近代化という難業を成し遂げることができたのか。非常に気になるテーマですが、要因は主に2つあると考えています。

一つには、明治の指導者が正確なセルフイメージ、「自画像」を描いていたということです。江戸二百数十年の平和な時代には、日本を植民地化しようとする国があるなんてほとんど誰も考えなかった。だから日本人は自分を映す鏡を持たず、自分たちが何者であるかも分からなかったと思うのです。

ところが、アヘン戦争で清国がイギリスに敗れる、日本にもペリーがやってきて開国を迫られるという"西洋の衝撃"に直面したことで、日本人に「文明の力はこんなにも凄まじいのか」という強烈な自覚、「文明国に対抗するためには自分たちも文明化しなくてはならない」という正確な自画像が描かれた。この自画像が近代化の原動力になっていくわけです。

〈新保〉
西洋文明との接触で、日本人としての自覚が芽生えたと。

〈渡辺〉
もう一つは、当時の日本には、新しい体制でも活躍できる優秀な人材がたくさんいたということです。幕末から明治にかけ、なぜあれほど多くの人材が輩出されたのか、本当に不思議でならないのですが、私なりに考えてみますとね、やはり、江戸時代の旧体制が新しい体制の人材、指導者を育んでいたからだと思うのです。

先にも触れましたが、江戸時代の地方分権的社会では、各藩が自律して独自の行政権や裁判権を持ち、それぞれに人材を育てていました。また薩摩藩や佐賀藩などの西南雄藩、小藩の宇和島藩でさえ、当時としては有数の武器を造ってましたからね。

その地方で育まれた優秀な人材が、一旦緩急あればという事態になるとバーッと中央に集まり、旧体制をひっくり返し、猛烈なエネルギーで新体制を運営していったのです。まあ、旧体制が新体制の人材を育んだというのは皮肉な現象ではありますが。

逆に言えば、当時の清国や朝鮮が近代化に失敗したのは、古代的で中央集権的な専制国家だったからだと思います。そのような専制国家では、権力や人材、産業がすべて中央に集中していますから、地方には人材も産業も育たず、旧体制をひっくり返しても新しい体制を運営していくことはできなかったんじゃないでしょうか。


(本記事は月刊『致知』2020年1月号 特集「自律自助」から一部抜粋・編集したものです)

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◇渡辺利夫(わたなべ・としお)
昭和14年山梨県生まれ。慶應義塾大学卒業後、同大学院博士課程修了。経済学博士。筑波大学教授、東京工業大学教授、拓殖大学長、第18代総長などを経て、現職。外務省国際協力有識者会議議長、アジア政経学会理事長なども歴任。JICA国際協力功労賞、外務大臣表彰、第27回正論大賞など受賞多数。著書に『神経症の時代 わが内なる森田正馬』(文春学藝ライブラリー)『士魂-福澤諭吉の真実』(海竜社)などがある。

◇新保祐司(しんぽ・ゆうじ)
昭和28年宮城県生まれ。東京大学文学部卒業。『内村鑑三』(文春学藝ライブラリー)で新世代の文芸批評家として注目される。文学だけでなく音楽など幅広い批評活動を展開。平成29年度第33回正論大賞を受賞。著書に『明治頌歌-言葉による交響曲』(展転社)『明治の光 内村鑑三』『「海道東征」とは何か』(共に藤原書店)など多数。

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