経営は〝トドメ〟を刺して成就する——松下幸之助に学ぶ危機の乗り越え方

経営の神様とも称される松下幸之助。丁稚奉公から身を起こし、「松下電器」を育て上げるも、戦後には財閥指定や公職追放など様々な逆境に直面しました。共に松下翁の薫陶を受けてきた上甲 晃氏と中 博氏は、敗戦に次ぐ大きな経営危機が昭和39年に行われた「熱海会談」だったといいます。経営の神様はいかにして代理店との確執を乗り越え、世界的企業への道をひらいていったのでしょうか。

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熱海会談の知られざる舞台裏

〈中〉 
松下幸之助さんの経営者としての第一の危機が敗戦だとすると、第二の危機は熱海会談でしょうね。

〈上甲〉 
東京オリンピック直前の昭和39年7月9日から3日間、熱海のニューフジヤホテルで全国販売会社代理店社長懇談会が行われた。

〈中〉 
170社くらいあった販売会社・代理店のうち、収益を上げているのは僅か20数社だったと。

〈上甲〉 
それまでは自由取引だから、一つの電気店に同じナショナルの代理店が5社くらい競争して売り込んでいたわけです。当然同じ商品なら安いほうが売れますので、どんどん値下げをして卸していた。

〈中〉 
販売店もノルマがあるものだから、適正在庫を超えて過剰に仕入れてしまう。だから結局、どこも儲からない。もうこのままだと販売店も代理店も倒産する可能性がある。その悲惨な状況を受けて熱海会談を開催した。この時も、先ほどお話ししたような鋭い危機の予兆が幸之助さんの中にはあったと思います。

〈上甲〉 
初めの2日間は「あなた方が悪い。1割の代理店は儲かっておるやないか。経営のやり方が悪いのではないか」「血の小便流したことあるか」と徹底的に批判しています。

〈中〉 
ロータリークラブのバッジをつけている代理店の社長を見て、「そんなバッジつけて、ロータリーに行っているから、営業できへんねや」って、ものすごく攻撃している。

〈上甲〉 
そうしたら相手は余計に、「何を言っとる。松下電器が悪い」と怒るわけですね。

〈中〉 
ところが、押し込み販売の実情が幸之助さんの想像以上だったんでしょうね。「何としてもこうしたお得意先の窮状を救わねばならない」と痛感するわけです。

〈上甲〉 
最後は、「結局は松下電器が悪かった。この一言に尽きます。これからは心を入れ替えて出直しますので、どうか協力してください」と祈るように訴え、涙ながらに絶句した。

〈中〉 
『論語』に「過ちては改むるに憚ること勿れ」とありますが、この人がすごいのは、謝る時は徹底的に謝るところですね。もう知らず知らずのうちに涙が出てきたと。最後は感動の場面になって、販売会社が松下電器の方向に全面的に従うことになった。で、一夜にして、一地域一販売会社という新販売制度にコロッと変わった。

「100点満点」にする秘訣

〈上甲〉 
この話には後日談がありましてね。『発言集』の中に出ているんですが、熱海会談後、幸之助は会長から営業本部長代行になって陣頭指揮を執るわけですよ。

全国の代理店に向けて、「さぁ、これから頑張るぞ」と電報を打つ。ところが、1通しか返事が来ないんですよ(笑)。

〈中〉 
ほとんど誰も呼応しなかった。

〈上甲〉 
こんな人たちを相手にいままで商売してきたのかと、ものすごく怒っているわけですよ。それでもう1回電報を打ったものの、また返事が来ない。激怒ですよ。こういう代理店だから赤字になるんだと。それでもなお見限ることなく、気持ちを切り替えて根気強くやっていかれたのでしょうね。

〈中〉 
あの人はそういう意味では結構しつこいですよ(笑)。例えば、1970年の大阪万博の時のことです。僕も神戸博でプロデューサーの時に経験していますが、10日前くらいに幸之助さんが必ず館の様子をご覧になるんです。しかし視察はこの1回で終わりません。その後、事前通告なしで幸之助さんはこっそり見に行くわけですよ。

オッケーを出しても、自分の眼でもう一度確かめる。「あれだけ言うたからやってるだろう」じゃなくて、それが本当に成就しているかっていうチェックが幸之助さんの習慣になっているんですね。

〈上甲〉 
トドメを刺せって言っていますね。

〈中〉 
そういう過程があって初めて経営が成就する。だから、最初にチェックした時に完結するのではなくて、自分がもう一度チェックした時に初めて100点満点になるというのが幸之助さんの経営の妙味だと思います。


(本記事は月刊『致知』2020年10月号 特集「人生は常にこれから」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇上甲 晃(じょうこう・あきら)
昭和16年大阪府生まれ。40年京都大学卒業と同時に、松下電器産業入社。広報、電子レンジ販売などを担当し、56年松下政経塾に出向。理事・塾頭、常務理事・副塾長を歴任。平成8年松下電器産業を退職、志ネットワーク社を設立。翌年、青年塾を創設。著書多数。近著に『松下幸之助に学んだ人生で大事なこと』(致知出版社)。

◇中 博(なか・ひろし)
昭和20年大阪府生まれ。44年京都大学経済学部卒業後、松下電器産業入社。本社企画室、関西経済連合会へ主任研究員として出向。その後、ビジネス情報誌「THE 21」創刊編集長を経て独立。廣済堂出版代表取締役などを歴任。その間、経営者塾「中塾」設立。著書に『雨が降れば傘をさす』(アチーブメント出版)がある。

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