「能なしであったがゆえに耐えることができた」創業者が語るイエローハットの原点

平成6年の刊行以来、続々と版を重ね、現在までに、実に30刷を数える『凡事徹底』。イエローハットの創業者である鍵山秀三郎氏が40余年にわたり積み重ねてきた掃除を通して、「平凡を非凡に努めること」が説かれた本書は、10万部を超えるベストセラーとなりました。その続篇『続・凡事徹底』は、鍵山氏が行った3つの珠玉の講演をまとめたものです。本書の第2章に収録されている講話の中から、その一部をご紹介します。

日々の試練に耐えることの価値

人から不可能だと言われるような常識外れのことに挑戦しようとすると、必ずいろんな壁が立ちはだかります。ドイツの哲学者、ショーペンハウエルは、何事かをやり始めて成功するまでには3段階あると言っています。

第1段階は笑い者になる、嘲笑される。

第2段階は激しい反対、抵抗を受ける。

その過程を経て、第3段階にして成功を遂げることができるというのです。

確かに私もそうした経験をたくさんしてまいりました。創業当初は、十分な労働環境を整えることができませんでした。それでも社員たちには、何とか心を荒ませずに働いてほしい一心で、せめて身の回りの環境を美しくしようと考えて職場の掃除を始めました。

その活動はたった一人で始めたことであり、誰に命じたものでもないのですが、10年を過ぎた頃から一人、二人と手伝うようになり、やがて会社の枠を超えて全国に広まり、いまでは北京、台湾、ルーマニア、イタリアなど、海外にまで広まっています。

ところが掃除を始めた頃には、「そんなことしかできないのか」と散々馬鹿にされ、嘲笑されました。企業研究で当社を訪れたある有名大学の先生からは「あなたは社長を替わったほうがいいですよ」とまで言われる始末でした。

私は、ショーペンハウエルのような偉大な哲学者でさえ嘲笑や抵抗に遭うのであれば、自分のような凡人がそういう目に遭うのは当たり前だと考え、それに耐えて今日を築いてまいりました。いまは耐えることの大切さを深く実感しておりますし、嘲笑や抵抗に耐えられる忍耐心が自分に備わっていたことを、本当に幸せに思っております。

仏教に、「忍の徳たること、持戒苦行も及ぶこと能わざるところなり」という教えがあります。持戒苦行というのは、例えば千日回峰行のようなお坊さんの命懸けの厳しい修行のことを言いますが、日々体験するいろんなことを我慢する、耐えるということは、そうした宗教的な苦行も及ばないくらいに尊い修行であるということです。

私は幸いにして、能なしであったがゆえに耐えることができたんですね。これまでいろんな辱めにあってきましたけれども、もし幾らかの才能があったらとても我慢できなかったでしょう。逆に、中途半端な才能なんか持っていなくてよかったと思うくらいです。

創業時には、商品を売りに行ってもまず相手にしてもらえることはありませんでした。名刺も受け取ってくれない。取ってくれたと思うと目の前で破り捨てられるバケツの水をかけられる。自転車を蹴倒され、積んでいた商品がそこら中に散乱してしまったこともあります。

それでも私は耐えました。

だから今日こうして健全でおられるわけです。もしあの時に私が腹を立てて行く先々で喧嘩をしていれば、きょう皆さんの前に立つことはできなかったでしょう。皆さんも「忍の徳たること、持戒苦行も及ぶこと能わざるところなり」という教えを、ぜひとも心に刻んでいただきたいと思います。

永久に不可能なことはない

他者から困難を強いられたことも多くありましたが、私は自ら困難な道を選んだことも何度かあります。独立して15年経った昭和51年に、私は当時51億円の年商のうち、約29億円を占める会社との取り引きを停止する決断をしたのです。

周囲からは「気でも狂ったのか」「すぐに潰れるぞ」と散々言われましたけれども、私は決断を覆しませんでした。

結果的に、その会社と取り引きを続けた会社はいま1社も残っていませんが、当社だけは存続しています。大変な決断でしたが、私の判断は間違っていなかったのです。

「背水の陣」という言葉がございますが、私の場合はそれよりもっと厳しい「水中の陣」でした。「背水の陣」は後ろの川に入ればまだ下がれますが、私の場合はもう水の中に入っているので、一歩でも下がれば命がもたない。もう前に進むよりしようがないという状況だったのです。

しかし人間とはすごいもので、そういう後がないところでも本気で覚悟、決断をしてやっていると、それまで見えなかったことがものすごくよく見えるようになるのです。そのおかげで私は次々と大ヒット商品を生み出すことができました。

お客様のたったひと言をヒントに商品をヒットさせたこともあります。

千葉県柏市で近隣のガソリンスタンドに商品を卸していた時、ある店長さんから、お客様から頼まれた商品が手配できずに困っていると相談を受けました。私がアメリカの田舎町の会社でつくられていることを突き止めてお持ちすると、大変喜ばれました。私は店長さんの喜びようを見て、きっとこの商品を欲しがっている人は他にもたくさんいるはずだと思い、その商品をたくさん輸入して爆発的にヒットさせたのです。

他にも次々とヒット商品を生み出しましたが、その中には同業他社が見落としていた既存の商品に光を当てて大ヒットさせたものもたくさんあります。

私にそれができたのは、「水中の陣」とも言うべき厳しい環境に身を置いていたからであって、もし私がぬくぬくと恵まれた環境にいたら、決してそういうものを見出す力は引き出されなかったでしょう。

おかげさまで6割もの売り上げを失いながら、それを補って余りあるほど大きな収益を上げる会社に飛躍できたのです。

ですから、もし自分を飛躍、成長させたいと思うならば、厳しい環境に身を投じることです。これは私の体験から自信を持って言えることです。こういうことを申し上げると、いや、そんなことは不可能だと言われるのですが、しかし、不可能というのはいまできないことを言うのであって、永久に不可能ということではありません。

自分の能力が足りなくてできないのであれば、自分の能力を磨いて高める。一人でできないのであれば協力者を求める。そうすれば、現在不可能であっても、必ず可能になると私は考えます。


(本記事は鍵山秀三郎著『続・凡事徹底』より一部抜粋したものです)

◇鍵山秀三郎(かぎやま・ひでさぶろう)
昭和8年東京生まれ。27年疎開先の岐阜県立東濃高等学校卒業。28年デトロイト商会入社。36年ローヤルを創業し社長に就任。平成9年社名をイエローハットに変更。10年同社相談役となり、22年退職。創業以来続けている掃除に多くの人が共鳴し、近年は掃除運動が国内外に広がっている。著書に『凡事徹底』『あとからくる君たちへ伝えたいこと』など多数。最新刊に『鍵山秀三郎 人生をひらく100の金言』(いずれも致知出版社)がある。

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