〈小説・徳川家康〉が面白くなる!【1】時代を切り開いた男の〝負け続けた〟幼少期

現在、月刊『致知』で連載され、幅広い層から支持を得ている「小説・徳川家康」。2023年2月号(1月1日発刊)で第67回を数える本作の著者・童門冬二さん〈写真右〉は御年95でなお健筆を振るわれています。

家康という人物の何が、そこまで体を突き動かすのか――? 連載開始にあたり、NHKの人気番組「その時歴史は動いた」の司会などで知られる松平定知さん〈写真左〉と語らっていただいていました。大河ドラマも封切られるいま、歴史に大きな足跡を遺したリーダーに深く学びたいものです。
 ※本文は『致知』2016年9月号掲載

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複雑な現代社会に、家康ならどう対処するか

〈松平〉
童門先生の「小説・徳川家康」の連載が、これから『致知』で始まる【※2016年10月号より連載中】そうですね。歴史上いろんな武将がおりますけれども、私は家康という人に身内感覚があるものですから、大変楽しみにしております。

〈童門〉
松平さんのご家系は、家康に縁があるそうですね。

〈松平〉
傍流の、そのまた傍流なんですけれども……(笑)。家康の異父弟の久松定勝を祖とする伊予松平藩の流れだそうです。ですから、家康という人にはずっと身内びいきみたいな感覚がありましてね。狸親父なんて悪口を言われる度に、幼い心を痛めたものです(笑)。

〈童門〉
松平さんにとっては非常に近しい存在なんですね。

〈松平〉
いえいえ。ところで、童門先生が徳川家康に取り組もうと思われたのは、いつ頃ですか。

〈童門〉
ずっと考えていたんですよ。歴史物に取り組んでいる限りは、一度は挑戦したいなぁという思いがありましたね。他の仕事をしながら、いつも頭の隅でああでもない、こうでもないと構想を練っていたんです。

童門さん

〈松平〉
そういえば、先生のご本には家康はないですね。私の本棚には先生のご本がずらっと並んでいますけど、確かにありません。

〈童門〉
バイプレーヤーとしては扱ったけれども、主人公として書いたことはありませんでした。いい加減に書けない人だなという、一種の畏れみたいなものが家康にはあったんです。

〈松平〉
いよいよ、満を持してということですね。

〈童門〉
いまは世の中が非常に複雑でしょう。ここまで情報が多様化してくると、僕のようなちっぽけな頭じゃとても受け止めきれない。

で、信長や秀吉は割合分かりやすい生き方をしたけど、家康だけ非常に分かりづらいんですね。いまのように処理しきれない問題がいろいろ起こっても、家康のように複雑で、引き出しの多い人間だったら対応できるんじゃないか。この複雑な時代にどう対応していくべきか、一つのケーススタディとして、家康に改めて光を当てながら学んでみたいと思ったんです。

〈松平〉
それは楽しみですねぇ。

▲60回を超えて続く本作。〈致知電子版 アーカイブ〉では現在、第19回からお読みいただけます

家康の持つ「待つ力」

〈松平〉
いま挙げられた信長と秀吉と家康を比べてみると、信長は実行力、決断力、直感力に優れた人、秀吉は人の話を聞く力を持っている人とよく言われます。

松平さん

その並びで、じゃあ家康は? となると、彼は「待つ力」があった人じゃないかと思うんです。とにかく待つんですよ、あの人は。

〈童門〉
なるほど、待つ力ね。

〈松平〉
関ヶ原の合戦に勝ってもなお、江戸幕府をつくるまで2年半待ち、幕府をつくってからも豊臣秀頼を倒すまで12年を費やしています。あれだけ待ったから、徳川は300年続いたんです。秀頼を自害に追い込んだその翌年に家康は死にますが、長期政権の基礎をきっちりつくって死んでいった。彼にとっては「あっぱれ」の、「待ち切った人生だった」と思います。

〈童門〉
確かに、あれは異常な根気強さですよね。

〈松平〉
そんな彼の人生をざっくり振り返りますと、まず、幼少期。家康は、2歳で母親の於大の方が父親の松平広忠と離縁したために生き別れになりましたし、六歳からは人質になりました。アゲインストの風の中の幼少期でしたね。

その後も三方ヶ原の戦いでは負け、本能寺の変で命からがら逃げ帰り、彼は徳川300年の長期政権を打ち立てた大成功者といいますが、その半生はほとんど負けと失敗の歴史です。その逆境が将来ステップアップする一つの要因になるんですけれども。

〈童門〉
家康という人物についてまず理解しなければならないのは、そういう過酷な人生を歩みながらも、彼が決して無学な人ではなかったということです。

今川家の人質になった時、今川家のブレーンであった太原雪斎という住職がいました。彼が少年時代の家康に『論語』 『孟子』といった思想書から、『孫子』 『六韜』 『三略』のような兵法書まで叩き込むわけです。これが家康の人格の土台になったことは間違いありませんね。

雪斎にどういう意図があったのかは分かりませんけど、場合によっては、この子のほうが義元より天下のためになるかもしれないと思っていたんじゃないかな。

〈松平〉
あぁ、見込みがあると。

〈童門〉
義元はちょっとぐうたらなところがあるし、名門で生活がお公家様みたいになっていて、雪斎としてはちょっと歯ぎしりするような思いがあったんじゃないかと。

〈松平〉
家康の人質時代は今川義元が桶狭間の戦いで倒される1560年まで続きましたね。

〈童門〉
あの時は完全に今川家の一武将でした。それで、義元の息子の氏真に、敵を討ちましょうと言うんですが、氏真が乗らない。優柔不断な、不肖の二代目でね。

〈松平〉
家康はやむなく、義元に殉じて大樹寺というお寺で切腹しようとするけれども、住職の登誉上人が思いとどまらせるんですね。「あなたはこの戦乱の世を終わらせるために生まれてきたんだから、ここで死んではいけない」と。

〈童門〉
そうそう、もっと大きな志を持ちなさいとね。

〈松平〉
その時から家康はあの「厭離穢土(おんりえど) 欣求浄土(ごんぐじょうど)」という旗印を、戦の時に必ず携行するようになったわけです。


(本記事は月刊『致知』2016年9月号 特集 「恩を知り恩に報いる」より一部を抜粋・編集したものです|写真=2009年11月号 対談時)

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◇童門冬二(どうもん・ふゆじ)
昭和2年東京都生まれ。東京都庁にて広報室長、企画調整局長を歴任後、54年に退職。本格的な作家活動に入る。第43回芥川賞候補。平成11年勲三等瑞宝章を受章。著書は代表作の『小説上杉鷹山』(学陽書房)をはじめ、『人生を励ます太宰治の言葉』『楠木正成』『水戸光圀』(いずれも致知出版社)『歴史に学ぶ成功の本質』(ロングセラーズ)など多数。
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◇松平定知(まつだいら・さだとも)
昭和19年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、44年NHK入局。高知放送局を経て東京アナウンス室勤務。「連想ゲーム」「NHK19時ニュース」「モーニングワイド」「その時歴史が動いた」など看板番組を担当。「NHKスペシャル」は100本以上。平成19年に退局。現在、京都造形芸術大学教授。著書に『歴史を「本当に」動かした戦国武将』(小学館)などがある。

〈小説・徳川家康〉が面白くなる!【2】
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