介護事業最大の逆境で支えになった稲盛和夫塾長の教え(ウエル清光会 理事長・小池由久)

若き中小経営者の育成のため、1983年、51歳の稲盛和夫氏が立ち上げた盛和塾(当初:盛友塾)。2019年の解散まで36年間にわたり、氏から手渡され続けた教えは、いまも塾生の経営に息づいています。
盛和塾大阪支部の代表世話人として長く薫陶を受け、現在は有志による後継団体「大和」で稲盛哲学の学びを続けているのが、会計事務所や薬局チェーン、また介護福祉事業などを経営する小池由久さん〈写真右〉です。そんな小池さんは、介護事業に取り組む中で、存続の致命傷とも言える大きな逆境に直面されます。その渦中で支えになった稲盛氏の言葉とは――。
 ※対談のお相手は、盛和塾設立にも参画したファミリーイナダ会長・稲田二千武さん〈写真左〉です

従業員をいかに自立させるか

〈小池〉
私は高校を出るといまの日本経営に入社しました。

その頃の会計事務所というのは書生のように実務を学び、資格を取ったら独立するのが常で、実際、私が入って4年も経たないうちに先輩方が5人ともお辞めになったんです。

どうしたら事務所を大きくできるかをある先生に聞いたら「それは君が資格を取らないことだ」と。つまり事務所の所長にとって一番怖いのは資格を持った職員がお客様を持って独立していくことだというんです。

それで私は資格を取るのをやめました。その代わり一生勤めることのできる会計事務所にしたいというのが私の夢になったんです。やがて「会計事務所を日本一にするにはどうしたらいいか」と思うようになり、医療という道に特化し、経営代行もできる体制を整えていきました。

〈稲田〉
そこが小池さんの非凡なところですね。小池さんは日本経営の二代目社長でいらっしゃいますが、私があなたを勝手な思い込みでオーナー経営者のように見てしまう理由もそこなんです。

〈小池〉
盛和塾に入塾した頃は会計事務所の日本経営に加えて、サエラという保険薬局の会社を立ち上げてチェーン展開しており、『京セラフィロソフィ』の本を1万冊購入し、パートさんを含めて全従業員に渡しました。12年前からウエル清光会という福祉施設をつくり介護事業に参入しましたから、そこでも稲盛哲学を社員教育に活用させていただいています。

〈稲田〉
どのように稲盛哲学を落とし込んでいかれたのですか。

〈小池〉
例えば、介護のほうでいいますと、90%は中途採用で、いろいろな人生を背負いながら歩んでこられた方がほとんどです。

そういう方々に「稲盛哲学には人生と仕事の法則があって、こういう考えをベースに教育をやっていきたいんだ」と話すと、皆さん共感していただけますね。毎週水曜日の早朝会ではリーダーを集めて、45分ほど『京セラフィロソフィ』の輪読会を行っています。

私共の事業は会計、薬局、介護など多岐にわたり2300名以上の従業員を抱えていますが、長年こういう取り組みを続けながら、稲盛哲学の浸透を図ってきたわけです。

事故、謝罪、バッシングの嵐の中で

〈小池〉
ただ、先ほどの稲田さんのお話ではありませんが、稲盛哲学をいざ実践で生かせるかどうかは、なかなか難しいことでしてね。私がそれを痛感したのが介護事業を立ち上げた後でした。

〈稲田〉
私もその頃の苦労は存じ上げていますが、あの厳しい状況を小池さんはよくぞ乗り越えてこられましたね。

〈小池〉
私共が介護事業に乗り出したのは、知り合いのあるドクターから介護施設の運営を引き継いでほしいと打診されたからです。病院経営を助けてあげたい一心で、役員会の反対を押し切ってまで始めたのですが、何しろ未経験でしたから、その後が大変でした。

2015年、利用者様に対する施設内での虐待が発生していたというので、私は行政から虐待認定の通知をもらいました。メディア報道やネットでの誹謗中傷もあり、新たに採用する予定だった70人のうち40人が去っていったんです。

これに追い打ちをかけるように、別の施設でも重大事故が起き、それもまた新聞やテレビで報道されました。この時はさすがに倒産を覚悟しましたね。

私自身、会計事務所や薬局の経営で実績を出せたという驕りがあったのかもしれません。この時に頭に浮かんだのが

「もう駄目だという時が仕事の始まり」

という稲盛塾長の言葉でした。

それからというもの毎晩自分の仕事を終えて夜の11時、12時に、缶コーヒーを持って介護施設を訪ねました。実務のことは何も知りませんから、こんなことくらいしか従業員のためにできないんですね。

まあ、最初の半年くらいは「このおっさん、何しに来とるんやろ」という感じでしたが、半年過ぎたあたりから、従業員はいろいろなことを話してくれるようになりました。

私の心臓の血管が詰まって倒れましたので1年ほどでやめましたけど、彼らと接していて分かったのが日本経営のやり方をそのまま持ち込んで介護現場の声が自分には全く分かっていなかったということです。

と同時に厳しい現実から目を逸らさない、逃げないということが経営者にとっていかに大事かを身を以て実感しました。光が見え始めたのは、その頃からですね。

〈稲田〉
まさにピンチをチャンスに変えられたわけですね。私は小池さんだからこそ、それができたと思っています。

〈小池〉
昨年、このコロナ禍でクラスターを発生させてしまうという出来事もありましたが、幸いなことに自力で対応し死者、重症者を出すことはありませんでした。その意味でもチームワーク力が高まってきたと思っているんです。


(本記事は月刊『致知』2021年4月号 特集「稲盛和夫に学ぶ人間学」より一部を抜粋・編集したものです)

◉会社の倒産の危機、自分自身への信頼が消えてなくなるような逆境の中で踏み止まり、コロナ禍のいまなお各社の経営に奮闘する小池さん。『致知』2022年12月号「追悼 稲盛和夫」では、さらに3名の(元)盛和塾生にお集まりいただき、稲盛哲学の活かし方についてより深く語り合っていただきました。

【特集「追悼 稲盛和夫」を発刊しました】

2022年8月24日、稲盛和夫・京セラ名誉会長が逝去されました。35年前、1987年の初登場以来、折に触れて様々な方との対談やインタビューにご登場いただくのみならず、たくさんの書籍の刊行、数々のご講演を賜るなど、ご恩は数知れません。
生前のご厚誼を深謝し、月刊『致知』12月号では「追悼 稲盛和夫」と題して特集を組みました。豪華ラインナップは以下特設ページよりご覧ください。

各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。

◇稲田二千武(いなだ・にちむ)
昭和15年鳥取県生まれ。34年米子商業高校卒業、大阪の鉄工所に就職。37年中央物産創業、社長に就任。平成10年上海に発美利健康器械、13年アメリカにFAMILY INADA INCをそれぞれ設立。17年米子国際ファミリープラザ開業。19年シャトー・おだか開業。22年大山レークホテルの事業を継承し、運営を開始。

◇小池由久(こいけ・よしひさ)
昭和29年岐阜県生まれ。高校卒業後、47年会計事務所(現・日本経営)に入社。平成8年社長に就任。19年会長を経て、27年名誉会長に就任。調剤薬局チェーン・サエラ社長、社会福祉法人ウエル清光会理事長も兼任。

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