田坂広志氏が人生の「修羅場」で学んだこと:否定的な出来事を陽転させる言葉

もともとは原子力を専門とする研究者でありながら、大企業での法人営業、シンクタンクの創設を経て、現在はビジネスリーダーが多く集う「田坂塾」塾長を主宰する田坂広志氏。生きる望みを失いそうな挫折や大病を経験するも、それらすべてを〝よきこと〟と捉えることで、自分自身が成長し、思いもしない人生が展開してきたと語られています。シスターとして悩める人の心に向き合い続けてきた鈴木秀子さんと、体得してきた人生の妙味を分かち合っていただきました。

心の中に「祈り」を持って歩む

〈田坂〉
70年の人生において、様々な逆境や挫折を与えて頂き、それらが自分の成長の糧となり、ときに、人生を拓く機縁になったことを感じています。

そうした体験から、近著『運気を磨く』や『運気を引き寄せるリーダー 七つの心得』では、「幸運は、不運の姿をしてやってくる」ということを述べています。

例えば、私は大学院を修了した後、大学に残って研究の道を歩むことを希望していました。しかし、不運なことに、その望みは叶わず、民間企業に就職することになったのです。しかも、全く畑違いの法人営業の世界に投げ込まれたのです。

その営業の現場は、エゴ剥(む)き出しの生々しい修羅場でした。しかし、そうした現場での日々があったからこそ、自身の理想や志が鍛えられたのであり、ビジネスやマネジメント、経営を深く学ぶことができたのです。

また、その企業では海外留学生に選ばれ、米国のビジネススクールで学ぼうと考えていたのですが、留学に向けての極めて重要な試験の時期に、これも不運なことに、顧客企業から海外出張への同行を求められたのです。悩んだ末に試験を断念し、その海外出張に同行したのですが、そこで訪問した世界的なシンクタンクに、縁が生まれ、働くことになるのです。

いずれも「不運」に見える出来事ですが、心の中に「祈り」を持って歩むと、不思議なほど「大いなる何か」に導かれるのですね。そして、後に振り返ると、「あれは幸運な出来事であったのだ」と思える人生の展開になるのですね。

〈鈴木〉
そうですね。人生には、不思議な導きがありますね。

〈田坂〉
さらに、32歳のとき、大病を与えられ、死を直視する日々を送りました。それは、まさに地獄を這うような体験でしたが、そのお陰で、ある禅寺の禅師と巡り会い、その禅師から「いまを生き切る」という覚悟を教えられました。

昔から「病とは福音なり」という言葉が語られますが、その言葉は真実です。この病の体験のお陰で、人生を生きる深い叡えい智ちを教えられたのですね。

〈鈴木〉
先生にとってその体験のすべてが大切な人生の学びでしたね。

〈田坂〉
それらの体験から学んだ叡智の一つが、先ほどの「幸運は、不運の姿をしてやってくる」であり、「人生で起こること、すべて、深い意味がある」との覚悟です。

人生においては、表面的には、自分の意に反することや、願いと違うことが起きますが、「自分の人生は、大いなる何かに導かれている」と信じ、その出来事が何を教えているのかを見つめながら歩んでいくと、いつか「ああ、あの出来事は有り難い導きだったのだ」と気づきます。

いま、自分の70年の人生を振り返ると、どの出来事も、そう思えるのですね。

〈鈴木〉
先生は若くしてそれを悟られましたけど、私は長い人生を生き抜いてきてこの歳になって過去を振り返ったときに「起こったことはすべて実りだった」とようやく分かるようになりました。

若い頃、「なんでこんな出来事が起きるのだろう」と思っていたことが、長い年月を経た後に、それが人生の曲がり角で自分を成長させてくれていた大切な経験だったことに気づく。歳をとることの素晴らしさは、そういう過去を振り返って見直せるところなんですね。

〈田坂〉
そうですね。人生の深い叡智を学びながら、歳を重ねていくと、不幸や不運に思えた過去の否定的な出来事が、一つ一つ、「ああ、あれがあったからこそ、成長できた」という思いで肯定していけるのですね。

人生を肯定していくこの力は、歳を重ねていくにつれ磨かれていく、素晴らしい魂の力と思います。

この扱いにくい心にどう処するか

〈鈴木〉
田坂先生の本を読んでいてとても感銘を受けた箇所があるんです。

それは「あんな人、顔も見たくない」と思うような人に出会ったときには心を込めて「有り難うございます」と、心の中で言ってみる。すると人間関係がよくなっていくと。まさに世の中を救う大切な教えだと思いました。

相手に向かって直接言うのは難しいとしても、その人を生かしている奥に在る神様に向かって、あるいはその人との出会いに何か意味を感じ取って「有り難うございます」と言うことはできます。それを続けていくと、本当に状況は変わっていくそうですね。

〈田坂〉
はい。多くの人は、心で思ったことが言葉として現われてくると思っていますが、逆も真実であり、語った言葉が心を変えていくこともあるのです。それが「身心一如(しんじんいちにょ)」の理と呼ばれるものです。

田坂塾でも「嫌いな人に対して、どうしたら良いでしょうか」といった質問を受けますが、「嫌い」という感情を心で変えようとしても、それは難しいのですね。

しかし、たとえ「あの人は嫌いだ」と思っていても、その相手を心に思い浮かべ、ただ「有り難うございます」という言葉を唱えるだけで、不思議なほど、自分の心が変わり始め、それを続けていくと、徐々にその人間関係が良き方向に変わっていくのです。

心というものは非常に扱いにくいもので、すべての宗教の究極のテーマは、この扱いにくい心にどう処するかにあります。それゆえ、すべての宗教は「身心一如」の理を活かし、まず体を整え、言葉を整えることによって、心を整えるという技法を説いているのですね。それが「修行」ということの真の意味でもあります。


(本記事は月刊『致知』2022年6月号 特集「伝承する」より一部を抜粋・編集したものです)

◉本対談では10ページにわたり、人間の心を探究してきたお二人に様々なテーマで対話をいただきました。

・大いなるものに導かれて
・人生で与えられる出来事はすべて深い意味がある
・宗教や宗派を超えた普遍的な真理
・身心一如の素晴らしい働き
・百歩前進 九九歩後退
・寄り添うだけで伝わる最も深い思い
・どのような逆境でも成長は約束されている
・いかなる逆境も越える五つの覚悟
・21世紀、科学と宗教は統合されていく

ビジネスと祈り、宗教と量子力学……歩んできた道は異なれど、現実の中で必死に生きる「人間」を見つめてきた方同士の語り合いに興味は尽きません。

▲対談「未来の世代に伝えたいこと」田坂広志×鈴木秀子

◇鈴木秀子(すずき・ひでこ)
東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学教授を経て、現在国際文学療法学会会長、聖心会会員。日本にエニアグラムを紹介。著書に『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』『幸せになるキーワード』(共に致知出版社)『死にゆく人にあなたができること』(あさ出版)『機嫌よくいれば、だいたいのことはうまくいく。』(かんき出版)など多数。

◇田坂広志(たさか・ひろし)
昭和26年生まれ。56年東京大学大学院修了。工学博士。民間企業、米国シンクタンクを経て、平成2年日本総合研究所設立に参画。12年多摩大学大学院教授に就任。23年内閣官房参与に就任。25年全国から7千名の経営者が集う田坂塾を開塾。著書は90冊余、近著に『すべては導かれている』(PHP文庫)『運気を磨く』『運気を引き寄せるリーダー 七つの心得』『人間を磨く』(いずれも光文社新書)など。

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