「日本資本主義の父」の原点——渋沢栄一の人格はいかに育まれたのか

「日本資本主義の父」として後世に大きな影響を与え続けている渋沢栄一。渋沢はなぜ歴史に残る偉業を成すことができたのか。型にはまらない人格・能力はいかに育まれたのか。渋沢史料館館長として長年研究に取り組んできた井上潤氏と、詳伝『乃公出でずんば 渋沢栄一伝』を刊行した作家の北康利氏に、渋沢の原点、そしていま私たちが学ぶべき教えについて語り合っていただいただきました。

生まれた環境が渋沢栄一を育てた

〈井上〉
渋沢の人格や能力はどのようにつくられていったのか。その生涯を辿りながら実際に見ていきたいと思いますが、やはり彼は両親のDNAをしっかり受け継いでいますね。また、生まれた環境がそのまま渋沢栄一という人間を育てた。

渋沢は天保11(1840)年、現在の埼玉県深谷市血洗島で藍玉の製造・販売、養蚕などを営む農家に生まれました。

父・市郎右衛門は道義道徳を重んじる厳格な人だったと語り継がれていますが、幕末から明治初年にかけ家業を急成長させていくんです。渋沢はその父親の徹底した商売・経営のあり方を背中を見て学ぶという感じで自然に吸収していきました。

実際、渋沢は競争原理を働かせるために藍作農家の番付表をつくってみたり、翌年の市場の状況を見越した上で藍の葉を買いつける手法を考えるなどし、市郎右衛門から褒められ、自信を深めていきます。渋沢は理論ではなく実践を通して経営や経済、金融のあり方を身につけていった人でした。

また、7歳になった渋沢は、従兄の尾高惇忠が主宰する漢学塾に通い始めますが、実は渋沢に『論語』を最初に与えたのも父親だったんですね。幼い頃、父から説教を受ける時にはいつも『論語』の一節を教えられた、5歳かもっと幼い頃から自分は『論語』に触れていたかもしれないと、渋沢は当時のことを振り返っています。

一方、母・ゑいは慈愛に満ちた優しい人でした。村八分にされるようなハンセン病の女性に対しても優しく接し、お礼にもらったお団子も平気で食べる。渋沢はそれが嫌だったと語っていますが、そうした慈愛に満ちた母が、後に社会福祉事業に目を向けていく渋沢の原点になったのだと思います。

もちろん、幕末の渡欧経験も大きかったことは間違いないですが、私はやはり渋沢の原点は両親の教え、生まれ育った故郷の血洗島にあり、ということを強調してお伝えしたいですね。

〈北〉
井上さんのおっしゃる通りで、渋沢は両親に人生・仕事のオリエンテーションを受け、彼の歩みはその応用と発展だといっても言い過ぎではないと思います。

「士農工商」の身分制度がある中で、父親からは商売は卑しいものではないとことを学び、母親からは恵まれない人々への思いやりの心を教えられた。

母親に関しては、他の人が蜘蛛の子を散らすように逃げる中、共同風呂に入ってきたハンセン病の女性の背中を流してあげたというエピソードも残っていますね。社会福祉事業への取り組みを見ても、やはり渋沢は母親が向いていた方向にしっかり進んでいるんですよ。つまり、次世代にとって父母の教えがいかに大事かということです。

それで私は最近、有名大学に入ろうとか、優良企業に就職しようとかではなく、中卒でも高卒でもいいから、とにかく渋沢のような起業家を目指していけって言っているんですね。

実際、若い世代はそれに気づいてきて、例えば東京大学の入試では、法律や政治を学ぶ文科一類と、経済などを学ぶ文科二類、語学や哲学を学ぶ文科三類の最低点の差が年々縮まってきています。将来を考えれば、経済や経営、語学や哲学を学ぶほうがいいと若い人たちは分かっているわけです。

さらに、いま東京大学で一番人気があるサークルは起業家サークルですし、2019年は東大法学部から財務省に一人も入っていないんですよ。成績トップの学生は皆起業家になっているんです。

〈井上〉
若い人たちの価値観が大きく変わってきているのですね。

〈北〉
ですから、親が選ぶ子供に就いてほしい仕事ランキングのトップに、公務員や大企業が入るのではなくて、当たり前のように起業家が入るようになれば、日本にももっと活力が生まれてくるだろうし、日本の子供たちも変わっていくんじゃないかと思います。


(本記事は月刊『致知』2022年3月号「渋沢栄一に学ぶ人間学」から一部抜粋・編集したものです)

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など、明治という時代と彼らの抱いた志、気概について語り合っていただきました。ぜひご覧ください。【「電子版」でも全文をお読みいただけます】

◇北康利(きた・やすとし)
昭和35年愛知県生まれ。東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券業務企画部長等を歴任。平成20年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。『白洲次郎 占領を背負った男』(講談社)で第14回山本七平賞受賞。著書に『日本を創った男たち』(致知出版社)『思い邪なし京セラ創業者稲盛和夫』(毎日新聞出版)など多数。近著に『乃公出でずんば 渋沢栄一伝』(KADOKAWA)がある。

◇井上潤(いのうえ・じゅん)
昭和34年大阪府生まれ。明治大学文学部史学地理学科日本史学専攻卒業後、渋沢史料館学芸員として着任。学芸部長、副館長を歴任し、平成16年より現職。企業史料協議会監事、公益財団法人北区文化振興財団評議員、公益財団法人埼玉学生誘掖会評議員等も務める。著書に『渋沢栄一 近代日本社会の創造者』(山川出版社)『渋沢栄一伝 道理に欠けず、正義に外れず』(ミネルヴァ書房)などがある。 

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