震えるような感動が演劇人生の原点に——演劇の道、一筋に歩んできた野村玲子さんに聞く

ミュージカルからストレートプレイ(台詞劇)、古典・現代劇に至るまで、俳優として数々のヒロインや主要な役を演じてきた野村玲子さん。現在は劇団四季の創設者であり、演劇の師・人生のパートナーでもあった故・浅利慶太さんの思いを受け継ぎ、俳優業と共に浅利さんが確立した演出や方法論の継承、後進の指導にも力を尽くしています。

演劇の道を一途一心に歩んできた野村さんに、いま力を入れている舞台『アンドロマック』の魅力、演劇の世界に入った原点をお話しいただきました。

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汗と涙の結晶 代々木アトリエ

※インタビューは東京・参宮橋にある代々木アトリエで行われました

――野村さんは俳優として数々のヒロイン、主要な役を演じ、舞台を通じて多くの人々に感動を届けてこられました。ここ「代々木アトリエ」は、野村さんにとって特別な場所だと伺っています。

〈野村〉
劇団四季は1953年に創立されたのですが、最初の頃は自分たちの稽古場を持つことはなかなか叶わなかったそうです。出演料などを貯めた資金を皆で出し合い、創立10年目にしてやっと建てることができたのが、この稽古場・代々木アトリエなんです。

ですから、ここは当時の劇団員たちの汗と涙の結晶であり、劇団四季の数々の名作がこの場所から生まれていきました。

――代々木アトリエはまさに劇団四季の原点なのですね。

〈野村〉
昔は劇団四季の附属演劇研究所のオーディションも代々木アトリエで行われていて、私もここで試験や面接を受けて入所しました。

当時はここが劇団四季の唯一の稽古場で、私たち研究生は朝早くから掃除をし、午前中に様々なレッスンを受け、午後は本公演のお稽古があったので見学させていただいたり、外のレッスンを受けたり自分の勉強をして、稽古が終わった頃を見計らい、戻って自主練したり……皆で場所を奪い合うようにして稽古しましたね。私個人としても懐かしい思い出がたくさん詰まった特別な場所です。

ただこの建物ももう60年近く経っていますから、メンテナンスの必要なところも増えてきました。創立メンバーや大先輩方の思いを大切に繋げていけるように、できる限りいまの形を残して、これからの人たちのための場にもなるようにしたいと思っています。

――いまはどのようなことに力を入れて取り組んでいるのですか。

〈野村〉
劇団四季の創設者であり、演劇の師・人生のパートナー(夫)でもあった浅利慶太が2018年に亡くなりまして、その後は私がバトンを継いで浅利演出事務所の代表となりました。

いまは俳優業と共に浅利演出作品を多くの人にご覧いただけるように上演し、浅利の演技方法論を継承して、後進の育成・指導に尽力しています。

近いところでは、(2022年)10月22日から29日まで、『アンドロマック』を上演します。いままさに稽古に取り組んでいるところです。

――どのような作品なのですか。

〈野村〉
原作は17世紀フランスの劇作家ジャン・ラシーヌで、浅利はこの作品を機に台詞の〝朗誦術〟というものを確立しました。

一日のうちに、一つの場所で一つの物語が展開するという古典演劇の手法が使われていますが、主要な登場人物4人がとにかく長台詞を喋っては引っ込み、歌も踊りもなく、舞台装置の転換もありません。ひたすら一つひとつの言葉のニュアンスを丁寧に紡いでいくことで、ドラマが劇的になり、登場人物たちの心情がつまびらかに描かれる、まさに朗誦術の極みともいえる作品です。

――なぜ今回、『アンドロマック』を演じようと思われたのですか。

〈野村〉
浅利は、「演劇は言葉の芸術だ」と言っておりました。そして『アンドロマック』に取り組む中で、台詞の中にある意識の流れを読み込み、その変化をきちんと表現する方法論ができ上がりました。

ですから、『アンドロマック』を通して言葉の魅力をお客様にぜひ感じていただきたいと思います。それに私たちも、もう一度演劇の原点・基本に返り、言葉だけでチャレンジをしてみたいなと。

『アンドロマック』タイトルロールを演じる野村さん(撮影:山之上雅信)

『アンドロマック』は、トロイヤ戦争後のギリシアで繰り広げられる男女の恋愛劇です。ぜひ劇場まで足を運んでいただいて、言葉だけで紡がれる人間ドラマを体験していただければと思います。

人生を決めた劇団四季の舞台

――野村さんが演劇の世界に入られたきっかけをお話しください。

〈野村〉
高校生の時に地元旭川で劇団四季の『ユタと不思議な仲間たち』を観たんです。心身にハンディキャップを抱える子供たちを招待したチャリティー公演でしたが、父の仕事の関係で私も観させてもらったのです。これが初めて生で観た劇団四季の舞台でした。

その時、作品のテーマが素晴らしいのはもちろんのこと、何より舞台からのエネルギーと、体が不自由ながら一所懸命に拍手しようとする子供たち・親御さんたちのエネルギーが混ざり合い、舞台と観客の何とも言えない交流、魂の浄化のようなものを感じて、震えるような感動を覚えたのです。

それをきっかけに、自分も将来は劇団四季でお芝居がしたいと考えるようになりました。

――もともと演劇には興味があったのですか。

〈野村〉
演劇との出合いをもっと遡れば、夏休みや冬休みにNHKが放送していた「こどもミュージカル」を小学生くらいからよく観ていました。もともとお芝居は好きで高校でも演劇部に入りました。

後に劇団四季に入ってから「あ、このテーマ曲覚えている」ということがよくありましたが、子供の時にテレビで見た作品だったようです。そういう意味では、幼い頃から劇団四季とのご縁があったのかなと思います。

――その後、劇団四季にはどのように入団されたのですか。

〈野村〉
本当は高校卒業と同時にオーディションを受験したかったのですが、通っていた高校が商業高校だったこともあり、秋口には進路を決めなくてはいけなくて……。そうこうするうちに地元の銀行に就職することになったのです。

でも、合否に関係なく受験だけはしておきたいと思い、実は家族や学校に内緒で応募だけはしたんです。でも、結局卒業式と受験日が重なっていることが分かり、受けられませんでした。

それでも、銀行勤めをしながらいろいろな舞台を観る中で、「やっぱり私はお芝居がしたい」という思いがどんどん募って、1年後にオーディションを受けました。ありがたいことに合格させていただいて、単身上京しました。1981年、19歳の時のことです。

――とはいえ、合格するのは簡単ではなかったのではないですか。

〈野村〉
冒頭触れたように、審査はこの場所で、面接は浅利にしてもらいました。でも「旭川出身なの?」と聞かれただけで終わってしまいましたので、絶対落ちたと思いました(笑)。

当時は歌や踊りなど特別に秀でたものがなくても、お芝居への情熱、劇団のカラーに合うものが何かしらあれば採ってもらえたのかもしれません。とにかく、芝居好きの人が本当に多いんだなというのが印象でした。

ですから、入団してからよりむしろ勤め先を辞める時のほうが大変で、上司に「一年間、君の教育に払ったお金、まだ返してもらってないぞ」「夢に向かって進むのはいいが、人に迷惑をかけないのが社会人の基本だ」と、厳しい言葉をいただきました。それに両親からも「役者は親の死に目に会えないんだぞ」と反対されましたね。

でも、どんなに反対されても決意は変わらず、周りを説得して上京したんです。


(本記事は月刊『致知』2022年10月号 特集「生き方の法則」から一部抜粋・編集したものです)

◎2022年10月号には、野村玲子さんのロングインタビューを掲載。本記事には、

・自分をなくすことで個性が現れてくる
・役に没頭した時、知恵の蔵が開かれる
・周りと比べず「自分だけの時計を持て」
・劇団四季の創設者、浅利慶太氏から学んだこと

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◇野村玲子(のむら・りょうこ)
北海道旭川市出身。劇団四季の舞台『ユタと不思議な仲間たち』の観劇をきっかけに演劇の道を志し、1981年劇団四季附属研究所入所。『エビータ』で初舞台を踏む。『オペラ座の怪人』『美女と野獣』日本初演のほか数々のミュージカルでヒロインを演じる。またストレートプレイ(台詞劇)でも『アンドロマック』『オンディーヌ』『アンチゴーヌ』などタイトロールをはじめ、古典から現代劇まで数多くの作品で主要な役を演じる。2003年劇団四季の創設者である浅利慶太氏と入籍。2015年劇団四季を退団後は、活動の場を浅利演出事務所に移す。2018年より同事務所代表を務める。

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