終戦の日に甦った戦友の姿……特攻から生還した栗永照彦さんの秘めたる思い

元香川県香南町教育長・栗永照彦さんは大東亜戦争時、最も若年の特攻隊員として多くの先輩隊員を見送られました。90歳を超えたいまなお、翼を振り沖縄の空に消えた隊員たちのことを語り継ぐのは、現在の日本に対する強い危機感があるからだといいます。その祈りに似た思いを心耳を澄ませて聴きたいものです。

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忘れ難い上官の言葉

上海や青島で訓練を受けた私を含む十人の隊員が配属されたのは姫路海軍航空隊でした。

到着して兵舎で待っていると、飛行長がやってきて私たちを前に話を始めました。飛行隊のトップ自ら直々に下士官を相手に話をするなどあり得ないことだったので、何事だろうと耳を傾けました。

「本隊は特攻隊(神風特別攻撃隊白鷺隊)に編成されている。長男であるとか、病気であるとか、何か事情を抱えて帰郷しなくてはならない者は申し出てよろしい」

しかし、辞退する者は誰一人としていません。誰もが日本が危機的状況にあることを悟り「ここで戦い抜くぞ」という覚悟を固めていました。私もいまや先輩に甘やかされた練習生ではなく、戦闘部隊の一員として本気で国に報いる思いでいたのです。

最年少の私は食卓班でしたが、一方で練習機ではなく実用機を使った訓練に臨みました。

昭和20年4月6日、海軍はアメリカ軍の沖縄攻撃を阻止する特攻作戦(菊水作戦)を開始しました。私も姫路から宇佐航空隊を経て鹿児島の串良基地に移動。出撃を待つ身となりました。

特攻白鷺隊として最初に出撃し散華した佐藤清隊長(大尉)の訓示はいまも強く心に焼きついています。普通であれば「これからお国のために……」と大声で隊員たちを鼓舞するものですが、佐藤隊長は違いました。

「いよいよ出撃だ。編隊を乱すことなく俺についてこい。俺についてくれば必ず当てることができる」

と、とても冷静かつ淡々とした口調で話すのです。

そこには、これから死にに行くという気負いのようなものは全く感じられません。急ごしらえの練習航空隊で特攻隊が編成されたことを思うと、まるで雛鳥を羽に抱える親鳥のような心情すら感じました。

佐藤隊長の言葉を聞くのはこれが最初で最後となりましたが、複雑な人間模様がある軍隊にあって、海軍将校としての理想的な姿を見る思いでした。

この無念と屈辱を

5月4日、私にも命令が下り操縦員と共に串良から沖縄に向けて出撃しました。

しかし、エンジントラブルによって種子島に不時着。11日に再度出撃したものの、ここでもエンジン不調に見舞われ引き返さざるを得なくなりました。この時の気持ちは、とても言葉で表現できるものではありませんし、いまなお私の心の奥にしまったままです。

敗戦を迎えたのは茨城県の百里原海軍航空隊でした。

精神的に激しい空虚感と混乱に襲われる中、「甲飛出身の者は集まれ」と指示があったのは数日後のことです。一期の先輩からの別離の訓示でした。先輩は思い詰めた口調で「いよいよ別れる日が来た。聞いてくれ」と切り出し、このように述べたのです。

「我われ甲飛は、飛行機乗りになって我が命を国に捧げる集まりだ。十期のやつは皆死んだ。いまも海の中だ。七生報国。この無念と屈辱を必ず孫子に伝えよ。代々伝えよ。後世へ皆伝えよ」

短い訓示でしたが、数々の出来事や戦友たちの表情が重なり合って胸が詰まりました。松山でハーモニカの演奏を聴かせてくれた先輩や、上海で操縦席を案内し最後に「待っているぜ」と言った先輩は十期です。

共にこの世にはいません。おそらくまだ十代でしょう。それを思うと、言いようのない悲しさや悔しさが込み上げてきました。

後に知覧特攻平和会館を訪れた折、海中から引き揚げられた零戦を見て、私は耐え難い気持ちを抑えるのに必死でした。展示物として見る人には単なる零戦でも、私の目には実際に搭乗し、血まみれになって散華した戦友の姿がはっきりと映ったのです。

海から引き揚げられたこの零戦の姿を、いまも思い出さない日はありません。


(本記事は月刊『致知』2019年11月号 特集「語らざれば愁(うれい)なきに似たり」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇栗永照彦(くりなが・てるひこ)
昭和2年香川県生まれ。海軍での戦争体験を経て戦後は同県の公立中学校教師となり、香南町(現・高松市)教育長などを歴任した。

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