「ひと言で言えば不撓不屈」日本考古学の第一人者・大塚初重さんが貫いた学者魂

戦後の日本考古学を牽引した大塚初重さんが、令和4年7月21日、お亡くなりになりました。晩年まで学問を突き詰めたその姿勢は、多くの日本人を夢とロマンを与えたことでしょう。90歳当時のインタビューでは、忘れ難き大学時代の発掘体験、考古学者として貫いてきた信条を、静かな情熱のこもった言葉でお話しくださいました。弊誌『致知』に遺されたメッセージを紹介します。

登呂遺跡で流した涙

〈大塚〉
昭和22年から25年までの4年間の学生時代、僕はずっと登呂遺跡の発掘に関わることができました。

発掘現場では「ここを掘れ」と言われたところを掘っていくんだけど、粘土質だからそれがスコップの先にくっつくんですよ。

それで一回一回バケツの水でスコップを濡らしながら掘り下げていくんだけど、その作業中にステッキを手にした後藤先生が現れて、「おまえ何て名前だ」って声を掛けてくださったんです。

僕が「明治の2年の大塚です」と答えたら、「そうか君が大塚君か」とおっしゃられた後に、「体の小さいわりにいい腰をしとるじゃないか」って褒められましてね。

それは僕が戦後上海で捕虜として10か月間労働していたからだと思うのですが、後藤先生はかつての帝室博物館、いまの東京国立博物館の監査官をやっていた有名な先生だったので、その大先生に褒められたとあれば、僕も考古学の道でやっていけるかなと思ったものです。

――他にも現場ではどんな思い出がありますか。

〈大塚〉
指示されたところを掘っていくと、木の杭が次々と出てくるんですよ。でも最初はまさかそれが2,000年前の杭とは思わないわけだけど、どうやら弥生人が遺した住居の周りに打ち込んでいた木だということが分かってくる。

我われの先祖が、静岡平野の一角で山から伐り出してきた木を打ち割って細かい杭にして、それを住居の周りの壁に営々と打ち込んでいたものを掘っているとね、だんだん涙がこぼれてきた。

――涙が。

〈大塚〉
日本は戦争に負けたんだけど、遠い昔からこの地に我われ日本人が住んでいて、その跡をいま自分たちの手で掘り出しているんだという感動は、お金とか食べ物とかってことと関係なく、心が綺麗に洗われるような思いでした。

――遺跡の発掘が夢を与えてくれたわけですね。

〈大塚〉
実際、登呂遺跡の発掘というのは戦後日本における最初の大発掘でね。

昭和22年の7月13日に発掘が始まって、翌月六日には皇太子殿下が現場に来られているんですよ。そうしたら皇太子殿下が見に行かれたというので、今度は代議士たちも十何名で見学に来ましてね。

その後も歌人の佐佐木信綱先生とか有名な作家さんをはじめ、全国から見学者が次々と発掘現場に訪れたんです。

――それはすごいですね。

〈大塚〉
だからこんな遺跡、他にはないですよ。そういう意味で登呂遺跡の発掘が日本人の心に触れたというか、敗戦国日本に生き甲斐を与えたのではないかといまでも思っているんです。

それに国民全体がこれからどうやって生きていけばいいのかという時期に、東京の各大学が合同して、食い物も十分にない中で学生たちがすきっ腹で懸命に掘っているということが、随分と国民に感動を与えたようですね。

絶対に諦めない心と誠実さ

〈大塚〉
それから大学が合同してやっていたので、各大学の著名な先生もお見えになって一緒に寝泊まりもしたものだから、いろんな先生に可愛がられたことは、その後の自分の研究を進める上で非常によかったですね。

学生同士もね、各大学の壁なんか一切関係なしに付き合いました。夜になると先生方と学生が車座になって一緒になって飲む。だから酒を飲まない考古学なんて考えられないけど、いまの子は飲まないっていうから困っちゃう(笑)。

それはともかく、こういった点からしても、登呂遺跡の発掘というのは、戦後日本の考古学の原点になっていると思いますね。

――当時の考古学に対する熱が伝わってきます。

〈大塚〉
だから考古学というのは、大学で講義を聴いて原書講読に取り組んだりして勉強することももちろん大事だけど、遺跡現場に出て教授も学生も一緒になって一つの遺跡に向かって、何を発掘するかを明確にした上で取り組んでいくことに価値があるんですよ。

――数々の現場に立ち会う中で、先生はどんなことをいつも心掛けておられましたか。

〈大塚〉
ひと言で言えば不撓不屈という言葉に尽きますね。考古学は遺跡や遺物を資料とする学問だから、その資料を集めるために発掘するだけじゃなくて、博物館に収められていたり個人で所有されているものもある。

だからそういうところに出掛けていって、お願いして見せていただくこともあるんです。ところが発掘現場で許可をもらおうとする時と同じように、特に個人で所有されている方の場合、あなたには見せないと言われることもある。でもいくらそう言われても、何度でもお願いに上がるんです。

なぜ僕がおたくの持っている物を見たいのか、それがいかに日本の考古学界で重要な物かをお伝えして、とにかくお願いする。1回や2回断られたって絶対に諦めないという意味で、やはり不撓不屈というのが僕の信条。あとは誠実さかな。

――誠実さですか。

〈大塚〉
特に田舎の純朴な農村地帯で仕事をする時なんかは、こっちが自分のことを全部曝け出して、どうしてここへ来たのか、どうしておたくの畑を掘らなければいけないのか、これが日本の考古学のためになるという話を、分かりやすくかつ面白く伝えながら説得するわけですが、これは並々ならないことです。

俺はちょっと偉いんだよ、なんていう気持ちがあったんじゃ全くダメ。

だから考古学っていうのは、人間を磨くというのかな。単に本を読んだり原書を読んで考古学の専門用語を覚えて偉そうなことを言っているだけではダメで、人間社会に飛び込んで揉まれないといい仕事はできませんね。

――そのようにしてご自身を磨き続けてこられたわけですね。

〈大塚〉
それにしてもこんな年になるまで生きるとは思ってなかったんだけどねぇ。最近は「先生、この勢いなら100歳まで行けますよ」と励ましてくれる生涯学習の受講生もいてね(笑)。実はもう今年の講座のテーマも天皇陵の話をすると決めているんです。

ここまできたら途中で投げ出すわけにもいかないし、補聴器をつけたおじいちゃんおばあちゃんが目を爛々と輝かせて聴いてくれるんだから、自分なりの考古学をお伝えできるようにもう少し頑張ってみようと思っています。


(月刊『致知』2016年3月号 連載「生涯現役」より一部を抜粋・編集したものです)◉卒寿を超えてなお、考古学の深奥を求めた大塚初重さんに敬意を表すると共に、ご冥福をお祈り申し上げます。
 大塚さんの歩いた生涯について、より深く知りたい方はこちら(▼)
 ルバング島から帰還した「最後の日本兵」小野田寛郎・元陸軍少尉との対談を収載。極限状態を生き抜いた二人が語る〝人間の生き方〟――『人間学入門』より

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