2022年05月30日
近江(おうみ)商人の遺訓や、先代から叩き込まれた商いの心得をまとめ上げた「末廣正統苑」。このバイブルを基に、近江八幡から全国区へと躍進を遂げた老舗菓子舗が「たねや」です。
創業150年の歴史を持つ同社の経営の舵取りを長年にわたり担ってきた山本徳次さん〈写真右〉に、老舗の研究家としても知られる田中真澄さん〈写真左〉に迫っていただきました。
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永続企業に共通するもの
〈田中〉
私は日経マグロウヒル(現・日経BP社)にいた時代から老舗の研究を続けてきたのですが、その共通点として次の三つが挙げられると思います。
一つ目は、確固たる経営理念があること。
二つ目は、商人の生き方、原理原則というものをしっかり持っていること。
三つ目は、それを実際に従業員に伝えて実行させる仕組みがあること。いくら経営理念や原理原則があっても、それを実行に移す仕組みがなければダメです。
伸びている企業や残っている老舗は皆、そうですよね。
〈山本〉
おっしゃるとおりです。
〈田中〉
いま、サラリーマンを定年した後に独立する人がいるんですが、私は彼らに老舗の原理原則を学ぼうと提言しているんです。全くのゼロから事業を起こして成功させるのは大変ですからね。
私は今回、会長の三部作を読みながら、近江商人が貫いた原理原則をもっと世の中に広めないといけないと思ったんです。いままで老舗の一番のモデルは越中富山の薬売りだと思ってきて、あれも非常に参考になるんですが、ちょっと規模が小さい。
でも近江商人というのはスケールが大きいんですよね。伊藤忠に丸紅、大丸、髙島屋など、多くの名立たる企業が、近江商人の流れを汲んでいます。
〈山本〉
近江八幡は近江商人発祥の地ですから、私もその教えには色濃く染まってきました。
うちの親父は「騙されても自分は騙すな。人に騙されても騙す商いをしたらいかん」と喧しく言いました。誠実心、というのかな。商人の根本は、やはりそこらへんにあるような気がしますね。
近江商人は他国稼ぎの行商で知られますが、商人として全国を渡り歩くのに、最初は信用なんて何もないんですよ。人に疑われて当たり前というそんな時代に、彼らは何をしたかといえば、そこの家のお手伝いをしたり、何か事が起こったらすぐ手助けをしに行ったりして、自分をまず信用してもらうことからスタートしている。そういうことを考えると、やっぱり信用が何にも増して大事ですよね。
〈田中〉
いまの日本の社会は、その信用や善悪よりも、損得のほうが先行しているんでしょうね。まず儲けることが先に立ってしまう。
先ほど老舗の共通点を述べさせていただきましたが、様々な家訓の教えやそこに込められた思いを整理すると、おおよそ次の五つにまとめられるように思います。
「勤勉、正直、倹約、堪忍、知足・分限」。
〈山本〉
「末廣正統苑」に説かれていることも、それと全く同じですね。例えばこんな言葉があります。
「天平を支へる芯柱は 正直の心
感謝の心 能みて努力するの心
倹約の心 親切 陰徳の行なる
ことを肝に銘じて起つべし
これにて近江の商人の世渡り
商ひの実は小さくも世の一隅を
照らし得
遂には不滅の灯をかかげ
その道も奥味に達すべし」
天平とは、近江商人の担いでいた天秤棒のことで、それを支えていた心根は、正直、感謝、努力、倹約、親切、そして人知れず徳行を積むことに他ならないということ。商いの最終的な目標はたとえ小さな灯でも世の一隅を照らし続け、それが永続性を持っているということでしょう。
〈田中〉
やはり基本となるものは同じですね。
売り手よし、買い手よし、世間よし、ふるさとよし
〈田中〉
この後、日牟禮八幡宮にある「日牟禮ヴィレッジ」のお店に案内していただけるということで、楽しみにしておりますが、オープン以来、大変な人気のようですね。
〈山本〉
おかげさまで10年前にオープンして以来、一日3,000人から5,000人の方々が八幡宮にやってきて、お店にも立ち寄っていかれます。
日牟禮というのは近江八幡の古名で、古くは日牟禮の里と言いました。その近江八幡のシンボルである日牟禮八幡宮は、いわば商人道の原点とも言うべきお社です。
彼らは他国へ行商に出る前と、帰った後に、必ずここでお参りをしていました。そして富を得ると、惜しみなく故郷の村の神社仏閣に寄進をしたといいます。
よく「売り手よし、買い手よし、世間よし」で三方よしと言われますが、私は「ふるさとよし」の四方円満こそ、近江商人の行き方ではなかったかと感じるんです。
〈田中〉
なるほど、ふるさとよしですか。それは初めて伺いました。しかしよく八幡宮の境内にお店をつくろうとお考えになりましたね。
〈山本〉
これは至極単純な理由で、店を出す時には、神社仏閣やお城の近くなど、そう簡単に変わらないものの傍と決めています。百貨店なら主要店にといったふうに。
そうすればなくなったり、移転する可能性が低いでしょう。揺るがないものの傍で、その地域地域に合った商いをするのも、近江商人の行き方です。
また、お宮さんというのは、きょうは景気がよかったとか悪かったとかいう浮き沈みがない。いつも変わらない心、不変の心こそが大切だという考えで、その思い入れをより強くしたい、と。こんなに近くで商売をさせてもらっておきながら、あそこの店はええ加減で、と言われるようになったらあかんわね。
やっぱり正真正銘の、裏表のない店でないと。
(本記事は月刊『致知』2013年9月号 特集「心の持ち方」より一部を抜粋・編集したものです)
◉近江商人の魂を受け継ぎつつ、和菓子の世界で革新を続けるたねや。長寿企業のみならず、長寿社会の生き方をも研究する田中真澄さん。
2022年6月号 特集「伝承する」では、たねやを継承した山本昌仁社長の最新インタビュー記事を掲載。加えて、田中真澄さんによる連載「人生百年時代を生きる心得」が新たにスタートしました! 〈詳細は下の画像から〉
◇田中真澄(たなか・ますみ)
昭和11年福岡県生まれ。34年東京教育大学(現・筑波大学)を卒業し、日本経済新聞社入社。日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に出向し、『日経ビジネス』の基礎を固め、社業に貢献。54年ヒューマンスキル研究所を設立、所長に就任。著書に『老舗に学ぶ個業繁栄の法則』『田中真澄の実践的人間力講座』(ともにぱるす出版)など多数。
◇山本徳次(やまもと・とくじ)
昭和15年滋賀県生まれ。33年滋賀県立八幡商業高等学校卒業後、たねや入社。41年社長、平成23年会長、25年より現職。19年厚生労働省より「現代の名工」として表彰、22年黄綬褒章受章。東京や大阪などの有名百貨店への進出を図り、全国区の菓子舗「たねや」に育て上げた。著書に『商いはたねやに訊け』『たねやの心』『たねやのあんこ』(いずれも毎日新聞社)がある。