2023年05月02日
長年、日本企業の研究に取り組んできた加護野忠男さん(甲南大学特別客員教授)。海外の経営者も驚いた、日本企業の強みとは一体何だったのか? 松下幸之助、稲盛和夫……日本を代表する名経営者たちのエピソードから探ります。見えてきたのは、企業は現場の〝考える力〟が命であるという事実です。
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特別な技術がないから強い
幸之助さんの場合、経営理念へのこだわりも人づくりに繋がっています。その点、松下電器の「ミスター経営理念」といわれた高橋荒太郎さんの存在はとても大きなものだったと言えるでしょう。
高橋さんは、例えば「共存共栄」という理念であれば、「安売りはしない」「もっとも高い値段で売る」という具合に、幸之助さんが考えた抽象的な理念を具体的原則に置き換えていきました。
そのような原則を守るのは容易ではありませんが、それを守るために現場の社員たちは一所懸命に知恵を使わなければなりません。
その具体例を一つご紹介しましょう。松下電器の副社長を務めた佐久間曻二さんにインタビューをした際に、こんな話を教えていただきました。
佐久間さんが乾電池を売るために西ドイツに赴任する前、海外事業の責任者であった高橋さんに呼ばれ、海外でのビジネスの基本的な原則について注意を受けました。それは「どこの国の市場でも自分たちの商品を一番高い値段で売る」という原則です。
しかし、当時の西ドイツには圧倒的なシェアを持つボルタという乾電池メーカーがあり、それより高い値段で売ることは実質的に不可能。それでも高橋さんは原則を破ることを許してくれず、それこそ佐久間さんは「血の小便」が出るほど考え抜いたそうです。
その結果、乾電池を透明なプラスチックの什器に入れて新しさをアピールし、ボルタの商品と差別化する方法を思いついたと言います。
幸之助さんは、
「考えて考え抜いたら、だいたい考えたとおりになる。そのとおりにならないのは考えが足りないからである」
と言っておられますが、そうやって考えざるを得ない状況に部下を追い込むことで人を育ててきたのです。
また、幸之助さんと同様、零細企業から始まり、普通の人をきっちり育て上げてきた名経営者に京セラの稲盛和夫さんがいます。
私が初めて稲盛さんにインタビューをした時に、「京セラの強みはどこにありますか」と聞いたら、稲盛さんは次のような印象的なエピソードを紹介してくれました。
競合するアメリカ企業を稲盛さんが買収した時のこと。稲盛さんは買収後も同じ社長に経営を任せたいと思い、その社長を日本に招き京セラの工場を見てもらいました。するとその社長はこう言ったといいます。
「私は驚いた。あなたの工場を見ても特別な技術はない。普通の技術じゃないか。なぜあなたに負けたのだろう」と。
稲盛さんは答えます。
「特別な技術がないから我われは強いのです。普通の技術で普通ではない結果を出すことこそ、京セラの強さなんです。そしてそのためには、現場の人たちがしっかりしていることが大事だ。だから現場の人たちにしっかり物事を考えてもらえる組織をつくった」
おそらく、経営者としての個々の能力を比べれば、圧倒的に日本よりもアメリカの経営者のほうが強いでしょう。しかし、現場の従業員まで含めた総合力では、日本企業のほうが圧倒的な強さを発揮します。
現場の普通の社員が普通ではない結果を出す、現場の人間が自ら考え、自ら動く。この〝現場力の強さ〟もまた日本型経営の強さの大きな要因だと言えます。
(本記事は月刊『致知』2016年12月号 特集「人を育てる」より一部を抜粋・編集したものです) ◇追悼アーカイブ◇ 昨今、日本企業の行動が世界に及ぼす影響というものが、従来とちがって格段に大きくなってきました。日本の経営者の責任が、今日では地球大に大きくなっているのです。 ――稲盛和夫 ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
稲盛和夫さんが月刊『致知』へ寄せてくださったメッセージ「致知出版社の前途を祝して」
平成4年(1992)年
このような環境のなかで正しい判断をしていくには、経営者自身の心を磨き、精神を高めるよう努力する以外に道はありません。人生の成功不成功のみならず、経営の成功不成功を決めるものも人の心です。
私は、京セラ創業直後から人の心が経営を決めることに気づき、それ以来、心をベースとした経営を実行してきました。経営者の日々の判断が、企業の性格を決定していきますし、経営者の判断が社員の心の動きを方向づけ、社員の心の集合が会社の雰囲気、社風を決めていきます。
このように過去の経営判断が積み重なって、現在の会社の状態ができあがっていくのです。そして、経営判断の最後のより所になるのは経営者自身の心であることは、経営者なら皆痛切に感じていることです。
我が国に有力な経営誌は数々ありますが、その中でも、人の心に焦点をあてた編集方針を貫いておられる『致知』は際だっています。日本経済の発展、時代の変化と共に、『致知』の存在はますます重要になるでしょう。創刊満14年を迎えられる貴誌の新生スタートを祝し、今後ますます発展されますよう祈念申し上げます。
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◇加護野忠男(かごの・ただお)
昭和22年大阪府生まれ。45年神戸大学経営学部卒業。47年神戸大学大学院経営学研究科修士課程を修了後、神戸大学大学院経営学研究科博士課程に学ぶ。48年より神戸大学経営学部助手、同講師、同助教授、同教授、神戸大学経営学大学院教授などを経て、現在神戸大学名誉教授、甲南大学特別客員教授を務める。『日本型経営の復権』(PHP研究所)『経営の精神』(生産性出版)『松下幸之助に学ぶ経営学』(日本経済新聞出版社)など著書多数。