2022年04月23日
全日空で24年間客室乗務員を務め、天皇皇后両陛下や国賓などトップVIPをおもてなしし、人材育成コンサルタントとして活躍を続ける里岡美津奈さん。そんな里岡さんは〝伝説〟と呼ばれるようになる前、客室乗務員時代に出逢ったお客様とのエピソードを「いまも忘れられません」と語られました。
業界屈指の経営コンサルタントとして知られる横田尚哉さん(ファンクショナル・アプローチ研究所社長)との対談からお届けします。
目配り、気配り、おもてなし
〈横田〉
丁寧に生きるという意味で言えば、里岡さんはこれまでCAとして一人ひとりのお客様に真心を込めて接してこられたと思いますけど、特に忘れられない出来事ってありますか。
〈里岡〉
国内線のチーフパーサーを務めていた入社6、7年目の時、あるフライトで出逢ったお客様のことはいまも忘れられません。
離陸の際、チーフパーサーは全CAから安全の確認をもらって、それをキャプテンに伝える。そうすると、キャプテンが管制塔に離陸準備完了の合図を出し、管制塔から許可が下りると離陸できるんですね。
だから、滑走路に着くまでにキャプテンにオッケーを出すことが、チーフパーサーとしての離陸前の重要な使命なんです。
ところが、あるフライトで一人のCAから全然オッケーが来ませんでした。外を見たらもうすぐ滑走路に着くし、キャプテンからもインターホンで催促されるので、そのCAのもとに行ったんですよ。
そうしたら、ある夫婦連れの女性のお客様がお人形と一緒にベルトをしているのでオッケーが出せませんと。何度説明しても聞き入れてくれないと言うので、どういうふうに説明したのか聞いたら、「緊急の際に危険ですので、お人形は隣に置いてベルトをしてください」と。
私は事の顛末(てんまつ)を聞き、お客様の様子を拝見した上で、こう話し掛けました。
「お客様、本日はご搭乗ありがとうございます。間もなく離陸いたしますので、お子様を隣の空席に座らせて、ベルトをしてもいいですか」
と。そうしたら、その女性は「ああ、いいですよ」と言って、普通にそのお人形を隣に置いてベルトをして、ご自身もベルトをしてくれたんです。
大人の女性がお人形を手放さないというのは異様ですよね。何かよほどの事情があるんだなってことは誰が見ても分かると思います。で、そのCAと私の違いは「お人形」と言ったか「お子様」と言ったかです。
後日、ご主人から手紙をいただきました。子供を亡くしてから、妻はあの人形と一緒じゃないと外出できなかった。あの時、初めて人形じゃなくてお子様と言ってくれてから、妻は人形を留守番させて出掛けるようになりましたと。
「目配り、気配り、おもてなし」
とよく言うんですけど、お客様の言動を見て、そこからお客様の背景を察知した上で、どうおもてなしするか決めることの大事さを身を以て感じた出来事でした。
〈横田〉
感動的なお話です。人の気持ちが分かるというのは短期的なトレーニングで身につくものではなく、経験の蓄積によって磨かれるものかもしれませんね。
私は「思いを馳せる」っていう言葉が好きなんですけど、この言葉は相手の気持ちにピタッと寄り添っている感じがするんですよ。里岡さんはそういうことが自然とできる方だから、お客様の様子を見て、瞬時に「人形」を「お子様」と言い換えられたのでしょうね。
〈里岡〉
キャプテンから催促が来ているから、早くどうにかしなきゃという気持ちで、何か不思議な力が出たのだと思います。
〈横田〉
普通はそういう状況だと、目の前にいる一人のお客様を半ば犠牲にして、無理やり剥(は)がし取ってでも、その他大勢のお客様に迷惑をかけないようにしますよね。
だけど、里岡さんは目の前にいる一人のお客様をきちんとおもてなしされた。スーパーCAと言われる所以(ゆえん)がいまのエピソードに表れていますよ。
(本記事は月刊『致知』2017年11月号 特集「一剣を持(じ)して起(た)つ」より対談の一部を抜粋・編集したものです)
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昭和39年京都府生まれ。62年立命館大学卒業後、パシフィックコンサルタンツ入社。GE(ゼネラル・エレクトリック)の改善手法をアレンジして10年間で総額1兆円分の公共事業の改善に乗り出し、コスト縮減総額2000億円を実現。平成22年ファンクショナル・アプローチ研究所を設立。29年「ジミー・カーター経営功労賞」「最優秀論文賞」をダブル受賞。著書に『第三世代の経営力』(致知出版社)など多数。
◇里岡美津奈(さとおか・みつな)
昭和40年愛知県生まれ。名古屋聖霊短期大学卒業後、昭和61年全日空入社。国内線、国際線のチーフパーサーとして活躍。その間トップVIP担当の客室乗務員訓練制度の第1期メンバーに選ばれ、各国要人のVIP特別機を担当。平成22年全日空を退職し、人財育成コンサルタントとして独立。著書に『いつもご機嫌な女でいるためのちょっとしたコツ』(主婦と生活社)など多数。