森信三師の「マイナスをプラスに転じる力」——『修身教授録』はかくして生まれた

生涯を通じて「人生いかに生きるべきか」を探求し、「国民教育の師父」と謳われた哲学者の森信三師。その生涯や教えは、いまなお多く人々を導く北極星として不滅の輝きを放っています。森師の薫陶を受けた浅井周英さん、兼氏敏幸さん、そしてご子息の森迪彦さん(故人)による鼎談で語られた、不朽の名著『修身教授録』誕生秘話、森師の逆境への処し方をご紹介します。

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試練を突破する黄金の鍵

〈兼氏〉
森先生ほど幼少期から一生を通してご苦労をされた方はそう多くはないと思いますが、森先生は「一見悲劇的な出来事の中に必ずプラスが潜んでいる」ということをおっしゃっています。

そして、森先生は「一つの〝黄金の鍵〟を差し上げたい」として次のように述べておられます。

「真に生きがいのある人生の生き方は、つねに自己に与えられているマイナス面を、プラスに逆転して、反転させて生きるということであります。すなわち初めから与えられたプラスというのでは、単調で大した面白味もないわけです。

そうではなくて、最初は大きなマイナスと考えられたものを、全力を挙げてそれと取り組むことによって、ついにそれをひっくり返して、逆に輝かしいものにするのです。もちろんその際、その人の持っている潜在的エネルギーの全発揮を必要とすることは、改めて申すまではないことであります」

〈浅井〉
森先生が人生、体験から掴まれた含蓄のある言葉ですね。

〈兼氏〉
人間が持っている能力の中でも、この逆境をプラスに転じることのできる能力は最も大切なものかもしれません。迪彦さんや浅井先生が言われたように、森先生はそれを幼少期からずっとやってこられた人なのだと思います。実の両親との別れ、中学進学の断念や給仕体験という逆境を、岡田虎二郎先生との出会いや立腰教育というプラスに転じていかれた。

その後の歩み、『修身教授録』の誕生などもまさにそうですね。

〈浅井〉
ええ、愛知第一師範、そして広島高師へと進学した森先生は、28歳で京都大学哲学科に入ります。京都大学でも成績は常にトップで、普通そういう学生であれば、卒業時には大学は自分のところに残すか、有力な師範学校に教授として送り込むはずですが、森先生は一切目を掛けてもらえなかった。当時の京都大学には強い学閥があって、森先生のようにエリートコースから入ってきていない傍系の人間は、いくら優秀でも評価してもらえなかったのです。

〈森〉
母校の広島高師に呼んでもらえるという話もあったようですが、それも途中で立ち消えになってしまいました。この時期も、父にとっては大きな苦難の時でした。

〈浅井〉
結局は、大学院在学中に嘱託講師をしていた天王寺師範に専任教諭として正式に就職することが決まり、大阪の田辺西之町に転居することになります。昭和6年、森先生が36歳の時でした。

本当は京都で学問を続けたかったにも拘らず、大阪に移らざるを得なくなった。森先生はこの時の心境を「孤独」「寂寥」と表現され、「全く天地の間にただ一人立つ」という感慨を抱かれています。しかし兼氏先生がおっしゃったように、この大阪時代に今なお多くの人に読み継がれる名著『修身教授録』が生まれるわけです。

天王寺師範で「修身科」の授業を受け持つことになった森先生は、他人が書いたもの、既にある国定教科書では感動が伝わらないからと、原稿もなしに自分の頭で考えたことをストレートに生徒にぶつけ、彼らに筆記させた。それが後に『修身教授録』として世に出るのです。ですから、京都を離れて大阪に来ていなければ、不朽の名著は生まれることはなかった。

〈兼氏〉
希望の職を得られなかったがゆえに大阪に行き、孤独寂寥に一人耐え、結果として『修身教授録』が生まれた。「ガザに下る道に行け」ではないですが、やはり人生は何がどうなるか分からないといいますか、「天は見捨てていなかった」ということでしょうね。


(本記事は月刊『致知』2022年4月号 特集「山上 山また山」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇浅井周英(あさい・しゅうえい)
昭和11年和歌山県生まれ。35年和歌山大学卒業後、教師となる。50年和歌山市教育委員会に入り、平成4年同教育長、8年より同助役を務める。18年森信三師が創設した「実践人の家」理事長。25年退任。

◇森 迪彦(もり・みちひこ)
昭和16年満洲生まれ。20年引き揚げ。父・森信三は翌年帰国して、22年月刊誌『開顕』、31年『実践人』を発刊、家業として手伝う。42年大阪府立大学卒業後、大阪の会社に勤務。平成16年定年退職後、「実践人の家」事務局長、常務理事を務める。令和4年2月逝去。

◇兼氏敏幸(かねうじ・としゆき)
昭和28年生まれ。神戸市外国語大学を卒業後、神戸市英語教諭、教頭、神戸市教育委員会指導主事、神戸市立中学校校長を歴任。現在は神戸龍谷高等学校勤務、平成21年より神戸読書会世話人、令和3年より「実践人の家」理事長。

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