いまを生き切る覚悟が、自分の内に眠る無限の可能性を開花させる——田坂広志

いまを生き切れ!

ダボス会議メンバーや内閣官房参与などを歴任し、私塾や著書を通じて多くの人々に仕事や人生の示唆を与え続けている多摩大学大学院名誉教授・田坂広志さん。

『致知』2021年12月号 特集「死中活あり」(しちゅうかつあり)では、ご自身の原点となった体験を、赤裸々に語っていただいています。

現在の精力的なご活躍ぶりからは想像もつきませんが、田坂さんは若い頃、重い病を患い、医者から「もう長くは生きられない」と宣告されたそうです。

そして、絶望に沈む我が子を見かねたご両親の勧めで、ある禅寺を訪ねます。

きっとそこには、病を快方に向かわせる特別な治療法でもあるのではないか。淡い期待を抱いていた田坂さんに、禅師は思いも寄らない言葉を投げかけたのです。 

  ◇  ◇  ◇

「どうなさった」

「はい、実は……」

私は堰を切ったように苦しい胸の内を吐き出しました。重い病気を患っていること、医者からもう命は長くないと言われたこと、一縷の望みを抱いてこの寺へやってきたこと……。禅師はきっと、何か励ます言葉をかけてくれるに違いない。そう期待しながら語りました。

私の話を聞き終えて、しばしの沈黙の後、禅師は言いました。

「そうか、もう命は長くないか」

「はい……」

その後、禅師は、腹に響く声で力強く、こう言ったのです。 

「だがな、一つだけ言っておく。
 人間、死ぬまで命はあるんだよ!」 

一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。当たり前のことを言われた気がした。しかし、禅師は続けてもう一つ、力強く言葉を語ると、接見を終えました。

私は部屋を出て長い廊下を戻りながら、禅師の言葉を思い起こしました。その瞬間、突如、気づいたのです。 

そうだ、禅師の言う通りだ! 人間、死ぬまで命があるにも拘らず、私は、もう死んでいた!

どうしてこんな病気になってしまったのかと「過去を悔いる」ことに延々と時間を使い、これからどうなるんだろうと「未来を憂うる」ことに延々と時間を使い、かけがえのない、いまを生きてはいなかった。

 その瞬間、禅師が続けて語った言葉が、心に甦ってきたのです。 

「過去は無い。
 未来も無い。
 有るのは、
 永遠に続く、いまだけだ。
 いまを生きよ!
 いまを生き切れ!」

  ◇  ◇  ◇

現実に戻った田坂さんは、この禅師の言葉を心に刻み、毎朝、

「きょうが最後の一日になるとしても、きょうを精一杯生き切ろう!」

と思い定め、目の前の一つひとつの仕事に全身全霊で取り組みました。

その結果、死の病を見事に克服したばかりでなく、ご自身の内に眠っていた様々な才能を開花させて、運命を大きく好転させてこられたといいます。

田坂さんは取材時、富士山の雄姿を一望できる場所をセッティングしてくださるなど、ひと時の時間を共有させていただく私たち編集者にも、過分なお心遣いをもって遇してくださいました。

そのお心遣いの根柢には、若き日に定めた「いまを生き切る」覚悟と、二度と戻らないこのひと時を大切にしたいという「一期一会」の精神が貫かれているように感じられました。

『致知』12月号では、そんな田坂さんの若き日のエピソードに加えて、逆境を好機に転じるための5つの覚悟や、2つの人生観、2つの祈りについても語っていただいています。

ぜひご一読ください。


◎2021年12月号 特集「死中活あり」にて、田坂広志さんに、コロナ危機に沈む社会をどう生き切るか、逆境に処する「5つの覚悟」を交えてお話しいただきました。原点である若き日の闘病体験には心打たれます。〈致知電子版〈アーカイブプラン〉でも全文を閲覧いただけます〉

◇田坂広志(たさか・ひろし)
昭和26年生まれ。56年東京大学大学院修了。工学博士。民間企業、米国シンクタンクを経て、平成2年日本総合研究所設立に参画。12年多摩大学大学院教授に就任。23年内閣官房参与に就任。25年全国から7千名の経営者が集う田坂塾を開塾。著書90冊余、近著に『すべては導かれている』(小学館)『運気を磨く』『運気を引き寄せるリーダー 七つの心得』『人間を磨く』(いずれも光文社新書)など。

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