2021年07月27日
日本中が沸いた――。7月26日、東京体育館で行われた東京五輪卓球混合ダブルスの決勝で、水谷隼・伊藤美誠両選手が中国ペアを下し、日本卓球史上初の金メダルを勝ち取りました。
これまで王者・中国に阻まれ続けてきた悲願の世界一。いま新たに打ち立てられた金字塔の陰には、20年以上に及ぶ地道な競技普及、選手強化の努力の積み重ねがありました。その立役者の一人、日本卓球協会副会長の前原正浩さんに、金メダル獲得への道のりと、世界で勝つ選手・チームの条件を語っていただきました。
(聞き手は、同じく日本ラグビーの強化に尽力してきた日本ラグビーフットボール協会専務理事・岩渕健輔さんです)
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東京五輪で試される4つの〝スタミナ〟
〈岩渕〉
卓球はこの20年くらい前原さんがいろんな改革をされてきた結果として、2012年のロンドン五輪で初めてメダル獲得したことをはじめ、花が開いてきているように感じます。
〈前原〉
卓球の場合はご存じの通り中国が桁外れに強い。ここ数十年、五輪でも世界選手権でもトップは中国なんですが、最近は国際大会で中国のトップ選手に日本選手が勝てるようになってきたんです。
例えば、張本智和(はりもと・ともかず)選手は一昨年のワールドツアーグランドファイナル男子シングルス決勝で中国選手を倒し、大会史上最年少(15歳)で優勝、昨年のW杯ではリオ五輪金メダリストの馬龍選手を破って準優勝しました。
伊藤美誠(みま)選手も今年3月にあったカタールオープンでリオ五輪金メダリストの丁寧選手にストレート勝ちを収め、現制度で日本選手最高の世界ランキング二位になっています。
平野美宇(みう)選手にしても2016年のW杯女子シングルスで大会史上最年少(16歳)にして中国勢以外で初となる優勝を飾ったり、石川佳純(かすみ)選手にしても世界選手権混合ダブルスで金メダルを含め三大会連続でメダルを獲得するなど、世界ランキングひと桁台に入る実力の持ち主です。
〈岩渕〉
その次を担う世代も着実に育ってきていますよね。
〈前原〉
ええ。長崎美柚選手と木原美悠選手という17歳と15歳のペアは、昨年のワールドツアーグランドファイナル女子ダブルス準決勝にて世界選手権チャンピオンの中国ペアを打ち負かし、その勢いで優勝を果たしました。
さらに、そのグランドファイナルの前の月に行われた世界ジュニア選手権では、長崎選手が準決勝で中国選手を下し、日本人同士が決勝の舞台に立つ(14歳の小塩遥菜選手と対戦)という、これまでにない大会だったんです。
〈岩渕〉
夢のような光景ですね。
〈前原〉
世界トップの中国に迫る勢いがついてきていると思います。ただ、やっぱり課題としてはスタミナですね。五輪でも世界選手権でも中国選手を一人は破れるんですよ。だけど、二人、三人と破り続けるスタミナがない。
ここでいうスタミナとは心理的なスタミナ、技術的なスタミナ、体力的なスタミナ、智的なスタミナの四つです。
勝ち上がっていくほど対戦相手は当然強くなるわけですから、その分だけスタミナが削られていく。中国選手と対戦する時にどれだけスタミナが残っているか。そこが勝負の分かれ目になりますので、来年に開催延期となった東京五輪に向けて、4つのスタミナを強化していきたいと考えています。
世界一のための「初期設定」の大事さ
〈岩渕〉
前原さんの改革の歩みもぜひ改めてお聞きしたいです。
〈前原〉
卓球は1988年のソウル五輪から五輪競技になったんですけど、それが決まった頃からどの国も強化費をつけるようになり、日本は立ち遅れていました。1985年の世界選手権でメダルを取って以降、15年間団体戦のメダルから遠のいていたんです。僕は代表監督として、2000年の世界選手権男子団体で銅メダル獲得に貢献したものの、翌年に史上最低の男子14位という無惨な結果を出してしまいました。
その頃、JOCからゴールドプランを策定せよとのお達しがありましてね。強化予算をつけるから、金メダルを取れるようなプランをつくりなさいと。いくつかの競技団体が選ばれた中に卓球も入っていたわけですが、日本卓球協会の理事会で「どうしたらいいか」という話が出た時、僕は「やります」と言って、競技者育成プログラム作成担当となりました。
〈岩渕〉
自ら手を挙げられた。
〈前原〉
まず何をやったかというと、2001年10月に小学生の日本代表であるホープスナショナルチームを当時の監督・宮崎義仁さんと一緒になって結成しました。
あと、競技者育成委員会を設置し、2002年から年に1回、2泊3日の研修合宿を実施。これは小学生対象の全日本選手権でベスト16に入った選手と、その手前で負けたけれどもすごくパワーがあるとかすごくスピードがあるとか、キラリと光る才能を持つ将来性のある選手を数名加え、男女約20名ずつを選抜して行います。
そして、小学生の選手だけを集めて合宿しても効果が薄いので、やっぱり指導者を変えないと選手を育てることはできない。普段、選手の身近にいる大人にもそこで勉強してもらう必要があると思ったので、指導者もしくは保護者がペアになって参加することを必須にしたんです。
〈岩渕〉
そこが特筆すべきところですよね。
〈前原〉
先ほども話に出たように、いかに初期設定が大事かということです。
僕も現役時代、世界で戦いましたけど、構造からして欠陥車なんですよ。フォアハンドは攻撃的な半面、バックハンドが弱い。だから、中国のトップ選手と戦ったら、弱点を突かれてもう白旗を掲げるしかありません。
そういう意味で、小学生の男女約20名ずつのトップ選手を集めて何を教えたかというと、第一に「技術」、世界に通用するプレースタイルを叩き込む。
第二に「フィジカル」、発育発達の段階に合わせてどういう身体トレーニングをすればよいかを学ぶ。
第三に「メンタル」、都合が悪くなった時にすぐキレるのではなく、その状況を耐え忍び、平常心を保つ心を育む。
第四に「栄養指導」、好きな食べ物だけを偏食する子供が多い中で、アスリートとして栄養補給の観点からバランスのよい食事を取る。
これら四つのプログラムに関してそれぞれ専門の方を講師に招き、朝9時から夜9時まで実技と講義を徹底的に伝えました。
〈前原〉
他にも小中高大それぞれの全国大会で行われる監督会議に出向き、映像を駆使して世界の技術や傾向などを伝達する講習を行ったり、2003年からJOCの助成金を活用し、有望選手を海外に留学させたり。
加えて、2008年に東京都北区にナショナルトレーニングセンターが完成したと同時に、有望選手をその近隣に住まわせて才能を伸ばすJOCエリートアカデミーを始動させるなど、様々な改革を実施しました。
その中で頭角を現してきたのが、卓球日本勢で五輪初の個人メダリスト(リオ五輪銅メダル)に輝いた水谷隼(じゅん)選手をはじめ、いま日本代表で活躍している選手たちです。
〈岩渕〉
世界で戦う土台はこうして築かれていったのですね。〈写真左が岩渕健輔さん〉
(本記事は月刊『致知』2020年6月号 特集「鞠躬尽力(きっきゅうじんりょく)」の対談〝世界で勝つ選手やチームをいかに創り上げるか〟より一部を抜粋・編集したものです)
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◇前原正浩(まえはら・まさひろ)
昭和28年東京都生まれ。小学生の時に卓球を始め、大学4年次に全日本選手権シングルス準優勝。51年明治大学卒業後、協和発酵工業(現・協和キリン)入社。翌年より日本代表として世界選手権出場。56年全日本選手権でシングルス・ダブルス共に優勝を飾る。60年男子日本代表監督に就任し、ソウル・アトランタ・シドニーの五輪3大会で指揮を執る。平成25年国際卓球連盟副会長。28年日本卓球協会副会長。
◇岩渕健輔(いわぶち・けんすけ)
昭和50年東京都生まれ。小学生の時にラグビーを始め、大学在学中に日本代表選出。平成10年青山学院大学卒業後、神戸製鋼入社。ケンブリッジ大学に留学し、イングランドプレミアシップのサラセンズ入団。その後、セブンズ(7人制ラグビー)日本代表選手兼コーチなどを経て、24年日本代表ゼネラルマネージャー。30年男子セブンズ日本代表ヘッドコーチ。令和元年日本ラグビーフットボール協会専務理事。