偉くなくてもいい、立派な人になりなさい。亡き父が書き残した「親父の小言」

全国の土産物の壁掛けや温泉場の手拭いなど、ふとしたところで目にする「親父の小言」。そこには、息子に対する親の深い愛情が伝わってきます。今日は「父の日」。心の琴線に触れる「小言」にまつわるお話をお贈りします。語り手は、福島県浪江町にある大聖寺の住職・青田暁知さんです。

「小言」を支えに、味わって生きてきた

〈青田〉
「親父の小言」をご存じでしょうか。

ご存じでない方でも

「火は粗末にするな」
「朝きげんよくしろ」
「神仏をよく拝ませ」
「人には腹を立てるな」
「人に馬鹿にされていよ」
「家業は精を出せ」
「年寄りをいたわれ」……

これらの言葉が全国の土産物の壁掛けや温泉場の手拭いなどに書かれ、売られているのを見た人は多いと思います。

実はこのもとになったのが私が住職を務める福島県浪江町、大聖寺の庫裡に掲げられた「親父の小言」の45の文章です。

私の父・青田暁仙が昭和3年、33歳の時に書いたもので、私が物心ついた時にはすでに庫裡に掲げられていました。私にとってはいずれも親しみのある言葉ばかりです。ただ、私は11歳で父と死別しましたので、この小言について父に深く聞くことは、ついにできないままでした。

(略)

数ある小言の中で私が一番好きなのは

「人に馬鹿にされていよ」

という一文です。

いろいろな人たちから

「怒ってはいけないという意味ですか」

と聞かれますが、それだけではありません。解釈は人によってまちまちでしょうが、私なりに

「我以外、皆我が師」

ということではないかと受け止めています。

例えば、嫌な人に出会った時、「嫌な人間だ」と煙たがるのではなく、その嫌な姿を見て「自分はああはならないようにしよう」と自分の戒めとすることもその一つ。知らないことは知らないと素直に教えを請うこともそうかもしれません。

とはいっても、実際行うとなるとなかなか難しいもの。私もある程度、年をとったいまだからこそ、理不尽で道理にかなわない話であっても、人様の話に静かに耳を傾けられるようになったように思います。

それと「恩は遠くから隠せ」

これは45の小言の中の目玉と言える言葉です。

世間に出回っている「親父の小言」は

「恩を遠くから返せ」

となっていますが、オリジナルは「隠せ」、つまり人に何か施しをしても自慢するな、お返しを求めるな、陰徳を積めという意味が込められています。これも常に私の指針になってきました。

父が亡くなる3日前、私は父の枕元に呼ばれました。

「おまえは大人になったら偉くならなくてもいい。立派だと言われる人になるよう心掛けなさい」

これが私に対する最期の言葉、遺言になってしまいました。

当時は戦争の最中、学校や周りの大人たちから〝お国のために役立つ人になれ。出世して大臣、大将、博士になれ〟と、そればかりを教え込まれていましたから、「立派だと言われるような人になれ」と言われて戸惑いました。

ただ、父の遺言とも言うべきこの言葉は、その後の人生の節目節目に脳裏に浮かび、出処進退を決断する時は〝親父は何と言うだろうか〟と考えるのが常でした。

小言は「身の出世を願へ」とあります。世間で言うところの出世と、もう一つ意味があるようにも思われるのです。

何かに打ち込むことで、社会の役に立つ人が大勢います。魚屋の大将、野菜作りの博士、壁塗りの名人、この人たちは名こそ上げませんが、出世を遂げた偉い人たちでもあります。

伝教大師、最澄が「一隅を照らす者、これ国の宝なり」と言っておりますが、父が私に残した「立派な人」というのは、このような人たちを指すのではなかったのか、と自問自答することがしばしばです。


(本記事は月刊『致知』2003年10月号 特集「人生を支えた言葉」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇青田暁知(あおた・ぎょうち)
昭和5年福島県生まれ。27年、「親父の小言」を記した先代・青田暁仙和尚の跡を継いで大聖寺住職に就任。現在に至る。著書に『親父の小言「大聖寺暁仙和尚の言葉」』(TBSブリタニカ)がある。

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