聖徳太子大遠忌1400年。「十七条憲法」が令和の世に伝える日本人の〝遺伝子〟

2021年は、聖徳太子の1400回忌にあたる節目の年。奈良県の法隆寺では4月に法要が行われるなど、各地で遺徳を偲ぶ儀が執り行われています。本誌『致知』では、この大遠忌に際して『教養として読んでおきたい「十七条憲法」』を弊社より上梓した研究家の永﨑孝文さんにご登場いただき、条文すべてに通底する日本人のDNAとは何かを伺いました。

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いまなぜ「十七条憲法」なのか

〈永﨑〉
第一次遣隋使が派遣されたのは西暦600年。

その際、隋の皇帝から冠位制も律令もない政治文化の低さを指摘された当時の執政者たちは内政の充実に取り組む必要性を痛感します。特に政を行うための朝堂を造り、朝鮮半島でも採用されていた冠位制及び律令を整え、朝廷の儀礼・作法である朝礼を改めることは、新たな国造りに欠くべからざる施策でした。

その過程で施行された「冠位十二階」と「十七条憲法」は、実際の政を行う上で強い相関関係にあり、両者は同一思想を持った執政者、つまり聖徳太子が中心となって並行して整えられたと見てよいでしょう。

特に「十七条憲法」は、律令という法体系が未構築であった我が国初の成文法でした。その内容は、儒教の徳目を核としつつも新しい学問である仏教を加味したもので、当時の最先端の知識を新しい政治に活かそうとしたものと思われます。

このように、「十七条憲法」は本来、当時の大国・隋を手本とした国造りを進める過程で策定されたもので、実質的には政に携わる群卿百寮(ぐんけいひゃくりょう)つまり高位高官から諸役人に対して説かれた服務心得、政治倫理です。

さりながら、十七に及ぶ条文からは、現代に通じる道徳的訓戒や対人関係の心得、あるいは人の倫(みち)といった「人間学」の精神を読み取ることもできます。

現代の我が国は、政治経済の混迷、文化社会の退廃、精神的気風の荒廃の真っ只中にあります。

また、個に目を移しても、自由、個人尊重ばかりが重視され、我がままを助長する世相がますます色濃くなっています。自分を安全な棚に上げておいて、無責任な〝正義中毒〟で他人を悪しざまに批判する傾向は、その一端です。裏を返せば、若者たちを中心に「いかに生きるか」といった指針を見失っている人が増えているのです。

このような混迷社会の中で、幕末から明治期、あるいは東日本大震災の折に海外から称賛された我が国の高い道徳観・倫理観を確固たるものにし、後世に引き継いでいくためにも、日本人のこころであり、日本思想の源でもある「十七条憲法」に立ち返り、唱導された十七条のこころに触れて人生の心構えを再認識することが大切です。

この十七の条文には、日本人の遺伝子である「和の精神(こころ)」が溢(あふ)れており、ここに「十七条憲法」をいまに学ぶ現代的意義があると思います。

中心は〝共生き〟の精神

「十七条憲法」は、仏教的、儒教的、とりわけ仏教的に解釈されることが多いわけですが、その根底には神道に対する信仰が根づいていたことを忘れてはなりません。

そもそも、聖徳太子については、従来から仏教との絡みで描かれることが多すぎるように思います。実際には、太子は国の命運を担う執政者であり、仏典の教義を学び始めたのは595年に渡来した僧の慧慈(えじ)・慧聡(えそう)を師とするようになってからです。それから、「十七条憲法」を策定したとされる604年まで僅か9年です。

最澄(さいちょう)、空海(くうかい)、法然(ほうねん)、親鸞(しんらん)、日蓮(にちれん)、道元(どうげん)といった仏祖たちが仏道で活躍するのに何十年を要したかを鑑みれば、「十七条憲法」を策定した当時の太子については、「日本仏教興隆の先駆者」というよりも、「日本国の命運を担った政治家」及び「日本独自の民族あるいは民族文化のあり方を模索しはじめた人物」として理解することが実像に近いと思われます。

我が国の民俗信仰である神道には、「神々や自然と共に/祖先や家族と共に/仲間やみんなと共に」という〝共生き〟の精神が流れています。この神道と、伝来の儒教・仏教の思想が合わさった「十七条憲法」の根底にも〝共生き〟の精神が流れており、この精神こそが「和の精神」なのです。

「十七条憲法」は「和を以て貴(たっと)しと為し、忤(さから)う無きを宗(むね)と為(せ)よ」という対句的表現から始まります。この「忤」には「相手に悪いところがあれば強く反省を促すためにさからう」との意味があります。悪政下の一揆のようなものです。

この「忤」と対になっているのが「和」であり、為政者や上司あるいは親たる者は、民や部下や我が子が「忤」を惹き起こさないように、〝共生き(ともいき)〟の精神で和することを最も貴いこととして提唱しているわけです。

この〝共生き〟の精神つまり「和の精神」が、十七の条文すべての底流に流れているのです。


◉令和3(2021)年は、聖徳太子1400回忌の節目◉
月刊『致知』2021年6月号では、太子が一千年以上も前に「十七条憲法」に込めた思い、そこに示された日本の精神を、現代における人の生き方と結びつけて永﨑さんに綴っていただきました!


(本記事は月刊『致知』2021年6月号 特集「汝(なんじ)の足下を掘れ そこに泉湧く」より一部を抜粋・編集したものです)


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◇永崎孝文(ながさき・たかふみ)
昭和25年奈良県生まれ。49年京都産業大学経済学部卒業。倉敷紡績、藤沢薬品工業(現・アステラス製薬)に勤務。平成15年退職。同年より6年間京都大学中国哲学史研究室に在籍し東洋思想を学ぶ。新刊に『教養として読んでおきたい「十七条憲法」』(致知出版社)。著書に『「憲法十七条」広義〝和魂〟〝漢才〟の出あいと現代的意義』(奈良新聞社)など。

◇聖徳太子(しょうとくたいし)
574~622年。用明王の王子。母は穴穂部間人王女。名は厩戸王子。聖徳太子は諡号。推古王を援けて冠位十二階を制定、憲法十七条を作る。また、小野妹子を隋に派遣して国交を開く。広く学問に通じ、深く仏教にも帰依して法隆寺などを建立したとされる。

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