2021年05月28日
古くから湯治場として親しまれてきた宮城県の鎌先温泉。この地で460年もの歴史を刻んできた温泉宿「時音の宿 湯主一條」の経営を担うのが、20代目当主の一條一平さんです。一時は存続の危機にも直面した老舗を立て直した一條さんに、このコロナ禍にも負けない企業永続のヒントを語っていただきました。
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世の中のムードに流されない
―― 一條さんが経営なさっているこちらの「時音の宿 湯主一條」は、とても歴史と風情の感じられる温泉宿ですね。
〈一條〉
ありがとうございます。
ここ宮城県の鎌先は、約600年前の開湯以来、多くの湯治客に親しまれてきた温泉場です。私共一條家はもともと京の公家の出で、今川義元に食客として仕えていましたが、桶狭間の戦いに敗れてこちらへ移って以来、約460年にわたり旅館の経営を続けてまいりました。
現在の建物は大正から昭和にかけて建てられたもので、国の登録有形文化財に指定されているんです。子供の頃は周囲の旅館が次々と鉄筋に建て替えられていくのが羨ましくて、「何でうちだけ古いの?」と言っていましたけど、いまはこの建物を残してくれた先代、先々代に心から感謝しています。
――旅行客からも大変人気を集めていると伺っています。
〈一條〉
一時期は湯治客の減少で経営難に陥ったこともございますが、お客様の声に一所懸命耳を傾けて改善を繰り返した結果、おかげさまで売り上げも客単価も倍増し、毎月1000名以上のお客様にご利用いただくまでになりました。
ホテルスクール時代、税務の授業をしてくれた先生が経営の師匠なのですが、その方に「年間1万円でも1%でもいい。とにかく前年を少しでも上回ろう」と励まされ、僅かずつではありますが、10年以上増収増益を続けてきました。
私は、利益を生み出し、雇用を維持して長く商売をすることが経営の根幹だと思います。当家では歴代当主が「一條一平」を名乗っておりまして、私で20代目になるのですが、当家はこの経営の根幹を忘れなかったからこそ20代も続けることができたのだと思っています。
――旅行客のおもてなしにも随分力を入れておられるのでしょうね。
〈一條〉
実は私も、うちの女将も、「おもてなし」という言葉はあまり使わないんです。こちらから何かをして差し上げるというよりも、お客様が何かに「いいな」と感じられた時に、それがおもてなしになるのだと思うんです。
私共の旅館はバスも入れない狭い所にあり、建物が古くて館内にはエレベーターが一つもございません。ですからそういうハード(設備)以外のところで勝負するしかないと考え、接客、お料理、そして館内を清潔に保つことには特に力を入れています。
おかげさまでお料理や温泉の評判がとてもよい上に、「古いものを大事にしているね」「スタッフの対応が気持ちいい」「清潔感が漂っている」といったお褒めの言葉をよくいただくんです。
――コロナ禍で宿泊業は苦戦を強いられていますが、こちらの現状はいかがですか。
〈一條〉
昨年4月は休業要請をいただいて営業を自粛しましたけれども、おかげさまで六月には一気に回復して、それ以降は例年並みの業績を維持しています。
経営では潮目を見ることが大切ですが、私は世の中のムードに流されないことを一つのテーマにしています。確かにコロナ禍で大変になったことはたくさんありますが、物流はそのままですし、JRさんもこれまで通り走っていて、変わっていないものもたくさんある。では、うちの変わらないよさってなんだろうというと、個人でお越しになるお客様が得意なので、そこに磨きをかけようと。
当館はもともと団体より個人のお客様のご利用が多く、お食事も大部屋ではなく、個室スタイルの料亭で少人数で召し上がっていただいています。その上で、ウイルスに効果の高い電解水生成装置を新たに設置するなど、感染対策を徹底し、お客様に安心してご利用いただける態勢を整えました。
こうした情報をホームページで発信しましたら、遠方へ出掛けにくくなった反動もあって、地元宮城県をはじめ東北一帯から多くのお客様にお越しいただくようになり、いまは全体の6割を占めるまでになっているんです。
――近場によい旅館があることが改めて認識されたのですね。
〈一條〉
それから自粛期間にもう一つ、頭を冷静にして改めて決意したのが、雇用を維持することです。
同業者の中には、人を切って多額の資金を手にした後、結局銀行の管理下に置かれたところもありました。先ほど、長く商売することが経営の根幹と申しましたが、そのために不可欠なのはやっぱり〝人〟です。スタッフを大切にしないと商売は成り立ちません。
そのため値上げに踏み切り、感染対策を兼ねて毎日空き部屋を設けたり、全館休館日を設けたりしてスタッフが休めるようにしました。その間にお互いの絆を深める工夫をして、仲間を大事にしたいという私の思いを皆に伝えたことで、「自分はここに居ていいんだ」と皆に実感してもらうよいきっかけになったと思っています。
(本記事は月刊『致知』2021年5月号 特集「命いっぱいに生きる」より一部を抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
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昭和44年宮城県生まれ。平成元年専門学校日本ホテルスクール卒業。ホテルワトソン、ホテルインターコンチネンタル東京ベイを経て、平成11年一條旅舘入社。15年代表社員に就任。26年一平に改名。日本ホテル教育センター評議員、宮城県ホテル旅館生活衛生同業組合副理事長、仙南信用金庫総代、宮城県観光推進協議会監事などを務める。