2021年05月08日
月刊『致知』の人気連載「人生を照らす言葉」でもお馴染み、シスター・鈴木秀子さん。ある時、大手電気企業の子会社で社長を務め、現役時代は会社で怒鳴り散らしていた男性が、「鞄持ちになりたい」と申し出てきたといいます。男性の心にどのような変化があったのでしょうか。
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あなたが追い求める価値はそこにあるか
〈鈴木〉
最近80歳で他界した、私がとても信頼していた男性のことを紹介します。私の講演やセミナーがある時など人知れず本の販売などを手伝ってくださっていた方です。
その穏やかな口調や仕草からは想像できませんが、この男性はもともと大手電気企業の子会社の社長を務めていました。運転手つきの高級車に乗り、会社ではいつも部下を厳しく怒鳴りつけていたそうです。
定年退職した時に、長年の経験を生かして親会社を越える会社を立ち上げようと考えるくらいですから、いかに猛烈なビジネスマンだったかが分かります。
しかし、縁あって私の勉強会に参加するようになり、競争心で会社をつくったところで、それが本当に価値があることなのか、と次第に自問自答するようになります。それよりは、辛く苦しんでいる人たちの声に耳を傾け、立ち直るための援助をすることに人生の意味を見出した男性は、私の鞄持ちになると申し出てくれたのです。
講演時の切符の手配から荷物の運搬まで何かにつけて私の力になり、自分で旅費や宿泊費を負担しながら全国の講演会に同行。本の販売などを黙々と手伝ってくださいました。
男性からすれば、かつての華やかな社会的成功とは真逆の世界です。私の活動を手伝ったところで何かが手に入るわけではありません。それでも「講演先でいろいろな人たちに出会えるのが楽しみです」と、嫌な顔一つ見せず、行動をともにしてくださいました。
それだけではありません。辛い境遇にある人たちのもとに足繁く通っては耳を傾けるなど、誰も気づかないところで人々の心に寄り添い続けられました。人を助けるには自分に強い信念がなくてはいけないというので、晩年の一年間、禅の専門道場に住み込んで厳しい修行に励まれたこともありました。
最近、がんで入院した男性を見舞った時、
「いつまでも寝こんじゃいられない。早く先生のお手伝いをしなきゃ」
と張り切っていましたが、その僅か2日後に帰らぬ人になりました。
男性の生涯を振り返る時、華々しい世界に身を置いていた頃とは比較にならないほど、その後の人生は幸せで充実していたのではないかと確信しています。社会的な地位や名誉だけでは得られない本心から湧き出る満足感は何物にも替え難いものがあるからです。