生き方を測る物差しはいくつもある——ダウン症の息子に教わった幸せのヒント

ダウン症の長男・彰悟さんの誕生をきっかけに、それまでの「人生の幸せ=仕事での成果・出世・お金」という人生観、仕事観が180度変わったという田中伸一さん。彰悟さんとのエピソードには、誰もが命いっぱい自分らしく、幸せに生きるためのヒントが詰まっています

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生きるか死ぬかの日々 声を失った息子

〈田中〉
(長男・彰悟が生まれてから)1か月後、検査結果を聞きに病院を訪れた私たちは、息子がダウン症であることを正式に伝えられます。私はある程度、心の準備ができていたものの、初めてダウン症だと聞かされた妻は大きなショックを受け、愕然としていました。

それでも、息子はまもなく退院し、出産から42日経ってようやく家族皆で暮らせるようになりました。最初は不安でしたが、実際に息子と暮らし始めると、見た目は普通の赤ちゃんと変わらず、本当に可愛いのです。その愛らしい姿に接して、私も妻も「将来どうなっていくかは分からないが、いま、一緒に過ごせる時間を大切にしよう」という前向きな気持ちになっていきました。

しかし、息子はその後、何度も命の危機に直面します。生後2か月を迎えた頃、息子は突然むせびだし、肋骨が折れるかと思うほど激しい呼吸になりました。「息ができない、お父さん、お母さん、助けて!」と叫び声が聞こえてくるようでした。慌てて病院に連れていくと、肺炎の影響で気道が塞がりかけており、気道確保のため口から肺まで管を押し入れる救急処置が行われました。最終的には、福岡市内の子供専門病院で気管切開の手術を受け、息子は声を失うことになるのです。

その後も、2歳までに肺炎で5回の入院、12歳までに気管の手術を6回行い、入退院を繰り返します。もはやダウン症がどうというよりも、「生きていてほしい」「口から呼吸できるようになり、声が出せるようになってほしい」という思いだけでした。息子が成長していくにつれて次第に知的障がいも重度であることが分かっていきますが、それが問題だとは思わなくなっていました。

息子の誕生で変わり始めた価値観

〈田中〉
ただ、私はその間も忙しく働いていました。中小企業向けの法人融資プロジェクトでは「頭取特別賞」を受賞し、同期トップで課長に昇進。平日は子供たちが寝た頃に帰宅し、息子が入院している時には定時に退社して病院に向かうという具合でした。息子は医療ケアが必要で、妻は365日、24時間気を抜くことができず、その苦労は相当なものだったと思います。

そして1999年、息子の病院や施設の関係で福岡市内に自宅を購入。2002年、夜も眠れないほど悩んだ末に銀行を退職し、転勤のない会社に転職することを決断しました。32歳の時のことです。

転職先では、コーチングの資格を取得し、総合管理部長として人事制度や社員研修など様々な組織改革に取り組み、会社の成長にも大きく貢献。2006年にはグループ子会社の社長を任されるようになりました。

もともと私は銀行員時代から、家庭を持つことに喜びと責任感を感じる一方、23歳で早くに結婚したこともあり、同期に比べて「自分は家庭に縛られている」と不満を抱いていました。正直なところ、家族にあまり重きを置いていなかったのです。

しかし、ダウン症の息子が生まれてからはそれどころではなくなり、否応なく生き方を見直す必要に迫られるようになりました。

いま振り返れば、不思議なことに、私の意識が仕事や外に向かい過ぎると息子は体調を崩して入院し、家庭に意識が向くと回復に向かっていたように感じるのです。もしかしたら、息子は自らの体を通じて「家族のことをもっと大事にしてね」というメッセージを私に伝えてくれていたのかもしれません。実際、息子の傍にいると心が安らぎ、息子がそこにいるだけで幸せを感じている自分に次第に気づいていきました。

また、息子の特別支援学校の運動会で応援していた時のことです。息子はダンスでも競技でも、周囲に合わせることなく自分の好きなように体を動かし、楽しんでいました。リレーで私たちが「頑張れー」と応援しても走ろうとはしないし、バトンをもらってもゆっくり一歩一歩自信に溢れた姿で歩いていきます。そんな息子のありのままの姿に接した私は、「競技は型通りにしなければならない」「リレーは走らなければならない」など、自分が当たり前だと思っていたことが、自分の思い込みだったことに気づいていったのです。

人の生き方は一つの物差しだけで測れるものではない。一番になるのが好きな人もいれば、勝ち負けにこだわらない人もいる。早く走るのが好きな人もいれば、ゆっくり歩くのが好きな人もいる。息子と接していくにつれ、私の価値観は確実に変化していったのでした。(後略)


(本記事は月刊『致知』2021年5月号 特集「命いっぱいに生きる」を編集・抜粋したものです)


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◇田中伸一(たなか・しんいち)
昭和45年福岡県生まれ。大学卒業後、平成4年福岡銀行に入行。14年新日本製薬に転職、総合管理部長として組織改革に当たり、子会社の社長を務める。20年プロコーチ・人材育成コンサルタントとして独立し、アクシスエボリューションを設立。

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