2023年10月07日
『致知』の人気連載「人生を照らす言葉」でもお馴染み、聖心会シスターで文学博士の鈴木秀子さん。人生の悩み、苦しみ、死の恐怖に怯える人々に向き合ってきた体験から、臨床心理士の皆藤章さんと「沈黙」が持つ癒しの力についてお話し合いいただきました。
沈黙にも意味がある
〈鈴木〉
私が忘れられないお話を紹介させていただきます。
私は心理療法の一つゲシュタルト・セラピーに取り組んでいた時期があるんです。とても偉い先生をアメリカからお呼びし、困っている人たちへのセラピーをお願いしました。確か高校生だったと思いますが、ある不登校の男の子が母親に連れられてやってきました。
母親には席を外してもらい、応接間で先生とその子が向き合って座り、私が通訳をしました。先生が「いまから一時間あるけれど、何がしたい?」と聞くと「黙って過ごしたいです」と言うんですね。すると先生は「うん、分かった」と言って一時間ずーっと黙っていらっしゃる(笑)。
はるばるアメリカから偉い先生に来ていただいて、お母さんも困り果てているのにと思って、私も最初、気を揉んでいたんですけど、いま自分にできるのは祈ることだと思って「神様、この子の人生をよく計らってくださいますように」と念じながら一緒にその場にいました。
長い1時間の沈黙が終わって、この時間は一体何だったのだろうか、というのが私の正直な思いでしたけど、一週間後、その子の母親から電話があって「次の日から息子は毎日学校に通っています。あの立派な先生に何を教えていただいたんですか」って(笑)。
〈皆藤〉
私の経験からみても、1時間何もせずに相手の命に向き合うというのは本当に大変です。
〈鈴木〉
私たちは沈黙というものを、とても恐れますものね。誰かと話していて沈黙が続くと、すぐに話題を考えて話し始める。
〈皆藤〉
私のカウンセリングは一人週に1回、50分間と決めているのですが、その週に一度の50分間の沈黙が約3か月間続いた学生がいました。
〈鈴木〉
ああ、そんなに……。先生も忍耐なさいましたね。
〈皆藤〉
私は3か月経った時、その学生に「いくら何でも少しは話してもらわないと、私としても考えることができないから」と言ったんです。その子はふっと私を見て顔を赤らめて帰って行きましたが、翌週から来なくなってしまいました。私は自分が言ったことがルール違反だったのではないかといろいろと考えましたが、何年も答えは出ませんでした。
いま思うと、彼は沈黙しながら自分の将来についてじっと考えていたのかもしれませんね。
〈鈴木〉
その人の傍にいるだけで、命の繋がりを感じ取ることが人間にはあるのだと思います。
私の親しい人が日本企業のイギリス法人の社長をしていて、イギリス滞在中に東大時代の親友を52歳という若さで亡くすんです。二人はよく飲みに行ったそうですが、お互いに何も話さず、ただ黙って時を過ごしているだけで心が満たされていったといいます。
本当の人との繋がりは、一緒にいて黙っていてもぎこちなさを感じず、何かを話さなきゃという気遣いもいらない。それこそが真の友情ではないかと話してくれたことが、いまでも心に残っています。
(本記事は月刊『致知』2018年5月号 特集「利他に生きる」より一部抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
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◇鈴木秀子(すずき・ひでこ)
東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学教授を経て、現在国際文学療法学会会長、聖心会会員。日本で初めてエニアグラムを紹介したことで知られる。国際コミュニオン学会名誉会長。著書に『幸せになるキーワード』(致知出版社)『9つの性格』(PHP研究所)など。最新刊に本連載の感動的な話をまとめた『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』(致知出版社)。
◇皆藤章(かいとう・あきら)
昭和32年福井県生まれ。52年京都大学工学部入学。京都大学教育学部転学部。61年京都大学大学院教育学研究科博士後期課程研究指導認定。大阪市立大学助教授、京都大学助教授などを経て、平成19年より京都大学大学院教育学研究科教授。30年4月からハーバード大学客員教授に就任。文学博士。臨床心理士。