2021年11月18日
iPS細胞の研究により、ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究財団理事長(取材当時)の山中伸弥教授。稲盛財団による研究助成や京都賞の受賞などを通じて、京セラ創業者の稲盛和夫氏と交流されていました。出版社の企画で稲盛氏と対談した時のことを鮮明に記憶されている山中教授は、稲盛氏の〝プロ〟としての気概に圧倒されたといいます。
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「雲の上の人」との対話
〈山中〉
稲盛さんとの交流の中で最も大きな出来事といえば、京都賞受賞から4年が経過した2014年に稲盛さんと対談をさせていただいたことに尽きます。
対談というと、対等に語り合うイメージが強いですが、稲盛さんと私の場合は当然そんな世界ではありません。稲盛さんは雲の上の人ですから、私が一方的に教えを請いたいところです。
ただそれだとさすがに出版社の方に申し訳がないので、普段心掛けていることについて概略こう話しました。
「僕はもともと走るのが趣味で、体力をつけるため、研究に対する寄付を呼びかけるためにフルマラソンを走っています。同じ走るにしても、100メートル走を走るのと42.195キロのマラソンを走るのとでは、走り方が全く違ってきます。
100メートル走では死に物狂いで全力疾走しますが、それをマラソンでやると必ず途中で力尽きてしまう。ですから、いいタイムで完走するためにはペース配分をきちんと考えて、途中で水分や栄養も補給しながら、ペースを乱さずに走り切ることが大切です。実際、体力も走力も高かった20代の時よりも、いまのほうがマラソンのタイムは速いんです。
研究開発もそれと同じで、特に医学の分野では20年、30年という長い歳月を要します。途中で息切れしないように、ペース配分を考えて毎日頑張っています」
すると稲盛さんは、
「僕は違う。いつも全力疾走だ」
とおっしゃったのです。
プロの厳しさを思い知る
初日の対談が始まって間もなかったこともあり、その後何を話していいのか分からなくなってしまいましたが、これは私にとって強烈なひと言で決して忘れられません。
稲盛さんはその後、次のように続けられました。
「会社経営はマラソンと同じで、全速力で走っては長く続かないと皆さん言いますが、それでは本当の競争にはなりません。会社経営の経験のない素人がちんたら走っていたら、自分では走っているつもりかもしれないけど、全然勝負にならないでしょう。
だから僕は、走り切れなくてもいい、最初の数キロだけでも一流選手に伍していこうという思いで、常に全力疾走してきました。周りはいつまで続くかと見ていたのでしょうが、走っているうちにそれが自分の習い性となり、今日まで続いている。最初から全力で走ろうと決めて、必死になって先頭集団に追いつこうと意気込んで走り続けてきたからこそ、実を結んだと思っています」
長年月にわたって実践し続け、先頭を走り続けてこられている方の言葉は重みが違います。私自身、iPS細胞研究所所長として数百人を擁する組織のトップを務めているとはいえ、まだまだアマチュアなのだ、勘違いしてはいけないと痛切に感じました。根本的な考え方の違いや実力の差をまざまざと思い知らされたのです。
同時に、プロの世界の厳しさやプロとはどうあるべきかを示してくれた教えでもあります。
(本記事は月刊『致知』2021年4月号 特集「稲盛和夫に学ぶ人間学」より一部抜粋・編集したものです)
◉『致知』2022年10月号の特集テーマは「生き方の法則」!
山中伸弥さんと宇宙飛行士の野口聡一さんに、それぞれが積み重ねてきた研究者としての視点、世界的発見を成し遂げた経験から〈人類はどこに向かおうとしているのか〉というテーマで語り合っていただきました。
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【著者紹介】
◇山中伸弥(やまなか・しんや)
昭和37年大阪府生まれ。62年神戸大学医学部卒業後、整形外科医を経て、研究の道に進む。平成5年大阪市立大学大学院医学研究科修了。アメリカ留学後、奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター教授、京都大学再生医科学研究所教授などを歴任し、22年より京都大学iPS細胞研究所所長。令和元年より京都大学iPS細胞研究財団理事長兼任。アルバート・ラスカー基礎医学研究賞、ウルフ賞、京都賞、ノーベル生理学・医学賞など受賞多数。稲盛和夫氏との共著に『賢く生きるより辛抱強いバカになれ』(朝日新聞出版)。