2021年02月06日
ビタミン強化米・アミノ酸強化米を開発し、食料科学分野における文化勲章受章した故・満田久輝氏。栄養化学の道に進まれた背景には、世界各地での戦争や地域紛争による栄養状態の悪化が原因で多くの命が失われる時代状況への憂慮があったといいます。その研究に懸けた思い、そして信条について、満田氏を「生涯の恩師」とする筑波大学名誉教授・村上和雄氏にお話しいただきました。
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満田先生の学問信条
〈村上〉
食糧科学分野における唯一の文化勲章受章者である満田先生の専門は食品工学における栄養化学であって、その道に進まれた経緯は当時の時代背景が大きく関与していました。
20世紀以降、世界各地で戦争や地域紛争が続いたため、栄養状態の悪化が主な要因となって多くの命が失われていきました。満田先生は一研究者として、そういった実情を打破するために何か貢献できることはないかという思いを、若い頃から抱き続けていたのです。
「人のため、世のために役立つ研究や仕事をする」
という満田先生が掲げておられた学問信条もそうした思いの表れであって、実際の研究でも基礎研究と応用研究のどちらか一方に偏ることなく、両方を進めていくという方法を採られていました。
私は大学院時代から満田先生に指導を仰いできましたが、私たち若い研究者に対して、「自然の摂理を素直に学び、それを応用に結びつけていくのでなければ生物学は単なる知識や理論で終わってしまう」と、折に触れて言い聞かせていたことを思い出します。
満田先生の代表的な研究の一つに、ビタミン強化米があります。そもそも玄米にはビタミンB群やビタミンE、カルシウム、リン、食物繊維といった栄養素が含まれているのですが、精米することでそういった栄養素が詰まった胚芽が削り取られてしまうのです。そこで満田先生は、精米をしても栄養素が失われない米をつくり出したのでした。このビタミン強化米は、戦後の食糧不足の日本はもとより、発展途上国などでも大いに役立ったのです。
さらに満田先生はビタミン強化米から着想を得、アミノ酸強化米の開発にも成功しました。これは人間の体内では合成できない必須アミノ酸のリジンやスレオニンを、アミノ酸強化米を食べることで摂取できるというものです。
地道な研究こそが学問発展の基礎となる
満田先生の研究は独創性に満ちたものが多く、その一例として琵琶湖の湖底に米を眠らせて貯蔵するという研究がありました。
戦後、国内では食糧難を受けて国を挙げて稲作を奨励していましたが、その反動から米余りが大きな問題として浮上。そこで、いざという時のために、琵琶湖の湖底を冷蔵庫代わりにして、古米、古古米などを真空パックに入れて貯蔵すればよいのではないかと満田先生は考えられたのです。(中略)
また、満田先生は仕事に対して非常に厳しい一面をお持ちで、たとえ同僚に対してでも、間違っていると思ったら皆の前で堂々と批判することも厭いませんでした。
「勝負には負けるな」
とは満田先生がよく口にされていた言葉で、研究に対する姿勢は溢れんばかりのファイティングスピリッツに満ちていたのです。
もっとも、普段は黙々と研究に打ち込まれ、私たちに対して、
「地道な研究がどこで大発見に結びつくか人間では測れない。植物に含まれる各種ビタミンを定量するというような、地味だが学問発展に不可欠な仕事をコツコツ続けることが必要である」
と述べられていたものです。私は満田先生のこの学問に取り組む真摯な姿に、最も大きな影響を受けたといえるでしょう。
(本記事は『致知』2018年9月号連載「生命科学研究者からのメッセージ」より一部抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。
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昭和11年奈良県生まれ。38年京都大学大学院博士課程修了。53年筑波大学教授。平成8年日本学士院賞受賞。11年より現職。23年瑞宝中綬章受章。著書に『スイッチ・オンの生き方』『人を幸せにする魂と遺伝子の法則』『君のやる気スイッチをONにする遺伝子の話』(いずれも致知出版社)など多数。