四肢麻痺の患者さんに教わった「出会い」の意味(飛騨千光寺住職・大下大圓)

岐阜県・飛騨高山。標高1,000メートルにある千光寺で24代住職を務める大下大圓さんは、30年以上にわたって重い病に侵された患者の心のケアを続けてこられました。檀家さんが入院したのを機に始めたお見舞いが、活動の原点だったと語る大下さん。長く人間の生き死にを間近で見つめる中で、寝たきり状態のある患者さんが亡くなる寸前のやり取りに学んだことが大きかったと言います。

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船越さん(仮名)との出会い

――患者さんのベッドサイドではどんなお話をされるのですか?

〈大下〉
本来、病や死に対する苦悩は、その人の心から生まれていますから、第三者が回答を出すことはできないんですね。だからどこまでもその方の心の声を聴いていく。話してくださる方もいるし、最後まで話さない方もいます。それはそれでいいんです。そういう関係性を持ち続けていくことが大切です。

といっても、最初は私も「いいお話をしてあげることが救うことだ」と思って、答えを与えようとしていた時期がありました。その考えを180度転換させられたのが、船越さん(仮名)の存在でした。

――どのような方ですか。

〈大下〉
43歳で自動車事故に遭い、首の骨を折って四肢麻痺となり、十数年間寝たきりのまま。意識ははっきりしているのに、話もできない、動かせるのは目だけという状態でした。こちらが文字盤の一文字一文字を指して、肯定ならかすかに眼球を上げるというやり方でしか、コミュニケーションが取れなかったんですね。

初めてお目にかかった時、私は不遜にも「ここまでして生きる意味があるのだろうか」と思いました。船越さんもまた、そっけないというよりむしろ私を拒絶するような反応でした。

しかし2度3度と訪ねるうち、突然彼から「死にたい」というメッセージを訴えられたのです。ここが僧侶の悪い癖で、「生きる希望を持つような説法をしなければ」とおせっかいモードに入ってしまいましたが(笑)、死にたいと願う船越さんには、お釈迦様がどうのこうのなんていう話はまったく響かないんですね。

――それで、どうされたのですか。

〈大下〉
何週間も悩んで悩んで悩んで、ある時「私は答えを出さなくていいんだ」と分かりました。死にたいと言っている人の前で、私がすべきことは説教ではなく、言葉の裏にあるその人の思いをちゃんと受け止めることだと思ったんです。

次に訪問した時、またしても彼は「死にたい」と訴えてきました。「死にたいくらいに苦しいんですね。どうして死にたいと思うのか、その理由を教えてくれませんか」と聞くと、こう答えたのです。

それまでは自分が働いて家族を養ってきたのに、事故に遭って働けなくなったため、奥さんが働きに出なければいけなくなった。その時は子どももまだ小さく、年老いた親もいた。それから十数年、子どもの入学式にも卒業式にも一度も行けず、そのうちに両親も亡くなってしまった。子として、夫として、父親として情けない……。

私は「そうか、家族を思うがゆえに、それで死にたかったんだね」と受け止めました。ただそれだけでしたが、この日から彼は私の訪問を待ってくれるようになりました。

人は死ぬまで出会いにより変化・成長する

――心を開いたのですね。

〈大下〉
ええ。次第に「家族に障害年金(障害者第一級認定)からどのくらいお金が入っているか教えてほしい」とか、「生の音楽の演奏を聴きたい」と、ご自身の思いを伝えてくれるようになりました。

私たちボランティアスタッフがその願いを叶えて差し上げると、今度は「生まれた家に帰りたい」と言います。亡くなったご両親の仏壇に手を合わせたかったんですね。

容体を考えると、かなり難しい願いであることは承知していましたが、私たちも看護師さんたちもなんとか願いを叶えてあげようと、ケアスタッフが付き添って船越さんのご実家まで行きました。仏間に入り、私はお経を読み上げました。彼との関わりの中で私が本業らしい仕事をしたのはこの時だけでしたが、その日の船越さんの笑顔はとても爽やかでした。

そんな関わりを続けていくうち、いつものように船越さんを訪問すると、彼は文字盤を使って、「ありがとう! 生きていてよかった。もっと生きたい」と伝えてきたんです。

――かつては「死にたい」と言っていた人が。

〈大下〉
ええ。この時、「あらゆる動物の中で人間だけが出会いによって変化していく」と改めて思いました。

犬や猫、馬、牛などは生まれてすぐ立ち上がる。しかし人間は歩くのに1年、言葉を発するのに2年近くかかります。ということは、生まれてからどんな人に会うか、どんな経験をするかによって、どんどん変化していくということじゃないですか。

出会いとは、何も人との出会いだけではありません。たとえ病気や苦しみ、悲しみであっても、人は変わっていきます。よく本人にショックを与えないために、医者や家族が病名を伏せたりしますが、それはせっかくの変われる機会を奪っているようなものです。

船越さんはお亡くなりになりましたが、スピリチュアル・ケアのベースは彼に教わったと思っています。人間はたとえ死ぬ寸前であっても、変化できる可能性を持った存在であることを教えてくれた、大切な先生です。


(本記事は『致知』2006年8月号 特集「悲しみの底に光るもの」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇大下大圓(おおした・だいえん)
昭和29年岐阜県生まれ。41年出家、高野山大学卒業。在学中、スリランカ国で研修修行。帰国後、飛騨を拠点として「いのち」のボランティアネットワーク活動を展開し、臨床活動、NPO、ホスピス運動を続けている。著書に『わたしとこころを考える』『いい加減に生きる』等がある。

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