東洋学の泰斗・安岡正篤の遺した言葉——人間学を探求した四大哲人に学ぶ① 

一世の師表・天下の木鐸と仰がれた碩学・安岡正篤師。昭和の歴代首相の指南役を務め、政財界のリーダーたちの思想・哲学形成に多大な影響を及ぼしてきた師の教えは、「安岡教学」と呼ばれ、いまなお多くの人々の精神的支柱となっています。
本記事では『致知』創刊42周年の感謝を込め、『致知』1985年11月号より、故・新井正明氏(住友生命保険元名誉会長)と故・豊田良平氏(コスモ証券元常勤監査役)という安岡正篤師に私淑した両氏の貴重な対談から、安岡教学のエッセンスを抜粋してご紹介いたします。

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人間修養の二つの条件

〈新井〉
安岡先生がいっていますよね。肥えたとか痩せたとか、背が高い低いとか関係ない。人物の第一条件は気力、活力だ、と。気力、活力がなければ、是も非もない、と。 

〈豊田〉
そこのとこ、なかなかいい文章なので、ちょっと読んでみましょうか。

「それでは人物ということはどういうことをいうのであろうか。……まず看過することのできない根本は何か。それはわれわれの活力であり。気魄であります。性命力(これも生の字よりは性のほうがよろしい。肉体のみでない、霊を持っているという意味で性命という)に富んでいる、つまり神経衰弱的であってはならない。意気地がないというのではならない。根本において肉体精神を通じて活撥々たる、燄々たる迫力を持っている、これが大切です。一体、万有一切、光といい、熱といい、あるいは電気といい、磁気といい、すべてはエネルギーの活動であり、変化です。エネルギーが旺盛でなければ森羅万象もない。われわれも根本において性命力が旺盛でなければ、迫力がなければ、活力気魄というものがなければ、善も悪も何もない。是も非もない。活力、気魄を旺盛にする、これが一番大事であります」

 〈新井〉
で、この元気というのは客気というもんじゃない。客のようにふらりときて、すぐいなくなるというのでは本当の元気じゃない、と()。真の元気は志気。理想精神だ。理想を持った元気でなきゃいかんといわれてる。

〈豊田〉
人物の第二の条件は理想を持つことだ、といってますね。実際、気魄、活力とかいうものはやはり、理想精神から出てくるんですね。それは私自身、先生からいわれた。理想に照らしての現実の反省、批判、取捨選択、それが見識です。

あれもいい、これもいいじゃない。これもいいけど、何を去るかってことですよ。それまではいいんだけど、それから先はってことになったら、実行ということになりますと、抵抗障害がありますねえ。そこに、胆識が出てくる。つまり、見識は胆識でなければなりません。

〈新井〉
人物修養の方法についても言及されてますね。

人物学を修める上で見逃せない秘訣は、「第一に人物に学ぶことだ。古今を通じて、すぐれた人物というのを見逃しちゃいかん。できるだけすぐれた人物に親炙せよ」といってる。 

〈豊田〉
それと読書ですね。それもすぐれた書物を読めと。 

〈新井〉
そう、「できるだけそういう偉大なる人物の面目を伝え、魂をこめておる文献に接すること」。すぐれた書物とは、そういうすぐれた人物の魂を伝え、面目躍如とさせておるような書物だ、と。

〈豊田〉
この二つ、つまり「私淑する人物を持ち、愛読書を得なければならぬということが人物学を修める根本的、絶対的条件だ」といってます。

これはね、もう30年近くも前の話になりますが、汽車の中で先生とお話する機会がありまして、私はこうお尋ねしたんです。

「第一級の人物に必要なものは何ですか」
「それは人物の機鋒を養うことです」

と先生は言われた。機鋒というのは、ある瞬間において大きな展開をする力だというわけです。それを養うためにはどうするかというと、すぐれた人物に会うことだという。そして書物、とくにすぐれた人物の伝記を読んで、それを活用することだと教えていただきました。 

〈新井〉
その次に、実践のことについて触れているが、これもなかなかいい文章なので読みましょう。

「その次に人物学に伴う実践、即ち人物修練の根本は、怯めず臆せず、勇敢に而して己を空しうしてあらゆる人生の経験を嘗めつくすことであります。人生の辛苦艱難、喜怒哀楽、利害得失、栄枯盛衰、そういう人生の事実、生活を夕刊に体験することです。その体験の中に、その信念を生かして行って、初めてわれわれに知行合一的に自己人物を練ることができるのであります」

〈豊田〉
これは、大きな考案ですね。これをぜひ実行しなければなりませんね。これはたいへんなことでね、とくに私はこの部分は自分の血となり肉となるまで読みました。

向上の大事に感激性を持て

〈新井〉
話は変わるが、私、忘れられないのは先生はよく論語の「40、50にして聞こゆることなくんば畏るるに足らざるのみ」という話をされましたね。あるとき、先生が「あなたのことを住友の人に聞くがあんまり知らないですなぁ」とおっしゃった()。まだ40代の頃ですがね。

結局、先生がおっしゃるのにはね、あそこにああいう人物がいるっていうことがわかるようにならなきゃいかんということでしょうね。

ところが、私はほとんど外に出ていませんでしたしね、新聞社の人なんかにも全然合わない。だから、住友の偉い人なんかも知らなかった。それで、そういうことをね、先生にいわれて、身につまされたことがある()

 〈豊田〉
そうでしたか。そのときに同時に先生は、よく「憤しては食を忘れ、楽しんではもって憂を忘れ、老のまさに至るを知らず」を話されましたね。

孔子は物に感激しては食うことも忘れ、努力の中に楽しんで憂を忘れ、年をとることを知らない人だと説明されています。

 〈新井〉
あの〝憤〟をね、感激性と解し、感激性すなわちエネルギーのようなもので、感激のない人はいくら才能があっても燃料のない機械と同じで役に立たないと説明されてたのも先生ならでは、でしょうね() 

〈豊田〉
『続経世瑣言』の中でも、人が早く老いるのは肉体よりも精神にある。日常の雑事、俗務以外に感じなくなって、向上の大事に感激性を持たなくなる――これが一番いけないといってます。 

〈新井〉
だから、そういう感激性を持ち続けるのが若さでしょうね。

 〈豊田〉
まあ、感謝、感激、感動がなくなれば早く老いるだろうし、そういう人生は寂しいですね。 

〈新井〉
私は安岡先生にお目にかかることによって先生からある種の感激をいつも与えられてましたね。そうすると、会社にいても、私は現職でいる間は全従業員にある感激性を与えるような経営者でありたいと思っています。あれは、会ってもさっぱりだめだなということではね。そのときにはあっさり退くべきだ、と。

〈豊田〉
人物から発する光。これがなくなったら、だめということでしょうね。先生のお話に、伊藤仁斎が歩いていたら、向こうから来た板倉所司代が馬から下りて挨拶した、と。おそらく仁斎には発光体、そういうものがあったと思うんです。

そういえば、昔、新井会長から仁斎の書をいただきましたね。

 〈新井〉
ああ、そうでしたね。

勇往向前、一日は一日より新たならんことを欲す」という、あれですね。 

〈豊田〉
いい言葉ですよね。勇ましく往く。前に向う。で、一日は一日より新たである。やはり、前向きで、積極的に往かなければなりません。生きてる限り。


(本記事は月刊『致知』1985年11月号 特集「言葉が運命を制す」の記事から一部抜粋・編集したものです)

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◇新井正明(あらい・まさあき)
大正元年、群馬県生まれ。昭和12年東京帝国大学卒業後、住友本社入社。住友生命に配属。13年に召集を受け、ノモンハン事件での戦傷により右脚を切断。15年より復職し、41年住友生命保険社長に就任。51年同社会長。その他、松下政経塾理事長、関西師友協会会長を歴任した。平成1511月に逝去。

◇豊田良平(とよだ・りょうへい)
大正9年大分県生まれ。旧制中学校卒業後、安岡正篤先生の著書に出合う。昭和13年大阪屋証券(現・コスモ証券)入社。以来、営業畑を歩き、56年副社長、58年常勤監査役。62年常勤監査役退任。同年コスモファイナンス相談役。平成2年コスモファイナンス相談役退任。関西師友協会副会長として安岡教学の普及に務めた。平成1410月逝去。

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