2020年07月07日
『致知』2020年8月号 特集「鈴木大拙に学ぶ人間学」に合わせて、いま世界から注目を集める禅の教えに触れられる記事を4日間連続で配信いたします。第4弾で取り上げるのは良寛禅師。大本山總持寺元貫首・板橋興宗師と、日本BE研究所所長・行徳哲男氏に、良寛禅師の生き方や歌にあらわれた「あるがまま」の禅の心を語り合っていただきました。
※対談の内容は2000年当時のものです。
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いま泣いたカラスがもう笑う
〈行徳〉
私は禅の修行を積んだわけではありませんが、人間学として禅を勉強していきますと、禅とは「いま泣いたカラスがもう笑う」ということじゃないかと思うんです。
つまり「捉われざる心」とでも申しましょうか。小さな子どもは何か悲しいことがあると思い切り泣きます。つまり泣くことに浸りきっています。ところが母親がおやつでもチラつかせたら途端にニコッと笑います。泣くのと笑うのが連続せずに切れてしまっている。点と点なんです。これすなわち、捉われざる心ですね。
〈板橋〉
要するに頭を空っぽにするということですね。
〈行徳〉
それを知性、理性、思考というものでつないで連続させようとすると、とてもじゃありませんが、泣いたカラスは笑うことができません。
思うに、そういう捉われざる心の人の代表が良寛禅師ではなかったでしょうか。
良寛禅師は69歳の時、39も年下の弟子である貞心尼と激しい恋に落ちました。しかし、お互い僧職にありますからしょっちゅう会えません。良寛禅師はそれで手紙を2通出しますが、貞心尼にとっては自分の師匠ですから気がねがあって返事を出さないでいると、3通目は「返事をよこさないのは何事だ」と怒りすら込められていました。
貞心尼はあわてて、何月何日にお伺いしますという返事を出すと、今度は良寛禅師が眠れなくなってしまった。その心境を託したのが「いついつとまちにし人は来りけり 今はあひ見て何か思わむ」という歌です。大好きな人が来てくれる日を指折り数えて待っている。これはもう子どもの心境ですね。
訪ね来た貞心尼が帰るとき、良寛禅師は「帰り道の峠に一本の栗の木があるが、落ちた栗の実の棘がどうか尼さんの足に刺さらんでくれ」と祈ります。
良寛禅師は73歳で貞心尼に看取られて亡くなりますが、「うらを見せおもてを見せてちるもみぢ……」という辞世の歌がまたすごいです。「うら」というのは「弱さ」であり、かつ人間くささですが、死ぬ間際にもそういうところをさらけ出されるところがすごいですね。
〈板橋〉
良寛さんは飄々と風流に世渡りしたのでしゃなく、本当に解脱した者が何ものにも捉われず悠々閑々と生き抜いている自信と誇りを奥に秘めています。
「ごく自然」が禅である
〈行徳〉
板橋貫首のご本を読ませていただきますと、禅を一般に言う宗教と捉えておられないように思われるのですが……。
〈板橋〉
このような僧衣をまとうのはしきたりですから着ていますが、禅はふつう言われる宗教とは思っていません。では何が宗教かというと、「ごく自然」ということで、これが禅であり、宇宙の真理です。もう少し具体的に言いますと、とにかくリラックスする。体だけでなく頭の中もリラックスするんですね。と言ってボヤッとするのではなく自然体で、ということなんです。
しかし、これが野球で9回2死満塁というときにバッターボックスに立つバッターに「リラックスしろよ」と呼び掛けてもダメです。緊張して場に臨んだ者が「そうだ、自然体でいこう」と意識した時点で、もはや自然体になりません。むしろ打席に立った時、緊張で応援も何も見えない状態のときに、スコーンとジャストミートしたりするものなのですね。
緊張のときは緊張そのもの、悲しいときは悲しいと手放しで泣ける。それが自然体なんです。
〈行徳〉
良寛禅師がまさに自然体でした。これも禅の教えと思いますが、「いいも悪いもみな打ち捨てて生地の白地で月日を送れ。小川の水は触ると濁るぞ。問うな学ぶな手出しもするな。すなわち、あるがまま」と言われます。それが最高のリラックスなんですねえ。
〈板橋〉
理屈なしがいい。禅とは大自然との呼吸なんです。自分が呼吸しているのではなく、大自然のリズムとひとつの呼吸をしている。それが禅です。
(本記事は月刊『致知』2000年4月号特集「苦難は幸福の門」より一部を抜粋・編集したものです)
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◇板橋興宗(いたばし・こうしゅう)
昭和2年宮城県生まれ。旧海軍兵学校76期・東北大学宗教学科卒業後、仏門に入る。金沢の大乗寺専門僧堂堂長をつとめたのち、平成10年から14年まで大本山總持寺貫首。曹洞宗元管長。著書に『良寛さんと道元禅師』『むだを堂々とやる! 禅の極意』(光雲社)など。
◇行徳哲男(ぎょうとく・てつお)
昭和8年福岡県生まれ。35年成蹊大学卒業。44年渡米しBE訓練プログラムの開発をする。46年日本BE研究所設立。行動科学、感受性訓練と禅を融合した訓練により、感性を取り戻す研修を行う。著書に『いまこそ、感性は力』〈※芳村思風氏との共著〉『感奮語録』(いずれも致知出版社)など。