『千と千尋の神隠し』公開20年——宮崎駿監督が伝えたかった「生きる力」

コロナ禍で映画館が縮小営業を余儀なくされる中、昨年6月に全国で再上映が行われたスタジオジブリ作品。そのうちの1本に選ばれた『千と千尋の神隠し』は、第75回アカデミー賞で長編アニメーション映画部門賞を受賞するなど大きな反響を呼び、公開から約20年が経ついまなお根強い人気を誇っています。巨匠・宮崎 駿監督は当時、同作をどのような思いで贈り出したのか。古くからの宮崎アニメファンである養老孟司氏にも登場いただいた当時の対談をご紹介します(※内容は2001年、掲載当時のものです)

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ぼくらの社会がますますやばくなっている

〈宮崎〉
(平成13年)10月1日に「三鷹の森ジブリ美術館」がオープンしました。そこにアニメーションの絵を展示しているんですが、その前で突然映画のセリフを言いだす子がいるんですよ。

〈養老〉
どんな絵が貼ってあるのですか。

〈宮崎〉
湯婆婆(ゆばーば)のでかい顔が壁にどんと貼ってあるんだけど、その湯婆婆のセリフをしゃべりだすんです。

その子どもが何回観に行ったかはわかりませんが、まだビデオ化はしていませんから、1回か2回のうちに覚えているんですね。それを見て、自分たちの映画はすごかったと思っているスタッフがときどきいますが、それはとんでもない錯覚なんですよ。

本来子どもというのは、年長者の言っていることを意味もわからずまねしたりして言葉を覚えていったはずなんです。その機会が減っているから、代わりにアニメーションでやっているだけなんです。

あの映画には力があるからじゃないんです。ぼくらの社会がますますやばくなっていると証明しているだけなんです。ぼくの作品をビデオで60回も観たという子どもがいましたが、そういうのを聞くと、いまの子どもたちはかわいそうだなと思うんです。

〈養老〉
そういえば、そうですね。

〈宮崎〉
子どもが、元気になる世の中なんていうと、ものすごく誤解を招くんですが、なんとかしないと、この国の子どもたちはこれからの時代に世界で一番対応できない無力な大人になっていくしかないんでしょうね。

人間の真実を描いた「本当のリアリズム」

〈養老〉
リアリズムという言葉は、いまは死語になりつつありますが、本来人間はすでに脳の中に普遍的な真実を観念的に持っていて、具体的な事物や現象からその真実に近いものを感じたとき人間はそれをリアルだと感じるんですね。

逆に真実とはかけ離れたものだと、なんとなくわざとらしく感じるんです。このような考え方はプラトン主義の一種なんですが、本物のアートというものは、その真実を具体的に描いたものだから、人はそれを見て感動するんです。

例えば、ぼくは解剖学をやってきましたが、死体というのはものすごくリアルなんですね。誰にだってインパクトがあるでしょう。非常に実在感がある。それはなぜかというと、人間の死というものは、人間が普遍的に持っている真実だからです。

〈宮崎〉
どんなに仕組んだところで、アニメーションが表現しているものというのは、所詮、才能と時間の制約のなかで描いた絵が動いているだけですから、そんなに情報は入っていないんです。情報ということだったら、隅から隅まで観たところで、限度があるんですよ。

でも、子どもたちの心の流れに寄り添って、子どもたち自身が気づいていない願いや、出口のない苦しさに陽を当てることはできるんじゃないかと思っています。

〈養老〉
アニメというのは子どものものだとバカにするけれど、そうではなくて人間の真実を描いた本当のリアリズムだと思うんです。子どもたちはその真実に触れて感動し、無意識にそういう行動をしているんです。それを理屈で説明して感動させることができるかというと、決してできないと思う。

例えば、お百姓さんが田んぼで一所懸命働いていると、いつしか里山の風景ができてきます。しかし、里山の風景ができたからといって、お百姓さんがそれをつくろうと思って働いてきたかというと、そうではなくてひたすらお米を作り続けてきただけなんですね。

そうやってひたすらお米を作り続けているうちに人間はどうなっていくかというと、「努力」「辛抱」「根性」という抽象概念が自然と根付いてくるんですね。それを最近の若い人をつかまえて、「おまえは根性が足りない」と言っても、そんなものは聞いてやいませんし、一言でそんな抽象概念を理解できるものではないんです。

つまり、真実は理屈では説明できないんですね。苦労しながら自分で体得していくしかないんです。

生きる力を取り戻すために

〈宮崎〉
理屈と身体がすっかり分裂しちゃったんですね。理屈は使い捨ての膏薬みたいなものだし、身体は外側だけのものになっちゃった。

〈養老〉
ぼくも包丁で8人も殺された池田小学校の事件でそう思いました。ぼくらの子どものときだったら、多分蜘蛛の子を散らすように逃げていたはずです。

〈宮崎〉
逃げちゃいますね。

〈養老〉
だいたい逃げる練習をしていましたからね。

ぼくが住んでいた鎌倉には、通りの真ん中に江ノ電が走っていましてね。幼稚園のとき、その線路の上に石を置いておくと、車掌が電車を止めて追っかけてくるから、必死に逃げるわけ。幼稚園のときから、大人に追いかけられて逃げる練習を独りでにやっていたんですね(笑)。

〈宮崎〉
ぼくもよく逃げたけれど、あれほどドキドキするものはないですからね(笑)。

その意味ではみんな優しくてとてもいい子なんだけど、傷つきやすい子どもをいっぱい育てているんですね。多分それは、ゆとりのある教育をすればいいとか、個性を尊重すればいいとか、そういう問題ではないと思うんです。

〈養老〉
なんとかしなければなりません。

〈宮崎〉
ほんとになんとかしなければと思います。ぼくは、子どもの体質は悲劇性にあると思ってるんです。つまらない大人になるために、あんなに誰もが持っていた素晴らしい可能性を失っていかざるを得ない存在なんです。

それでも、子どもたちがつらさや苦しみと面と向かって生きているなら、自分たちの根も葉もない仕事も存在する理由を見いだせる。

今度の映画(『千と千尋の神隠し』)は、子どもたちに嘘はつくまいと思ってつくりました。いや、映画の中身はすべて嘘なんですが、嘘じゃない。これは本当だって……。

〈養老〉
そういう宮崎さんのメッセージをあの映画を観る人は、大人も子どもも、それぞれの立場で感じ取るんでしょうね。そして生きる力を取り戻す。そこに宮崎アニメが多くの人に愛されるゆえんがあると思います。


(本記事は『致知』2001年12月号 特集「発想法」より一部を抜粋・編集したものです)


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致知出版社編集部ブログ
◇宮崎駿(みやざき・はやお)
昭和16年東京都生まれ。38年学習院大学政治経済学部卒業後、同年東映動画入社。アニメーター。60年スタジオジブリ設立。『となりのトトロ』『もののけ姫』など監督作多数。『千と千尋の神隠し』では第52回ベルリン国際映画祭金熊賞、第75回アカデミー賞長編アニメーション映画部門賞を受賞。『ハウルの動く城』で第61回ベネチア国際映画祭でオゼッラ賞、第62回同映画祭の栄誉金獅子賞を受賞。

◇養老孟司(ようろう・たけし)
昭和12年神奈川県生まれ。37年東京大学医学部卒業。同大大学院医学研究科基礎医学専攻博士課程修了、医学博士。平成元年『からだの見方』でサントリー学芸賞を受賞。3年東京大学出版会理事長就任。7年退官。8年北里大学一般教育総合センター教授に就任。著書に『バカの壁』『ヒトの見方』『脳の中の過程』など多数。

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