2020年05月14日
厳しい環境下で、経営者はいかに道をひらいてゆくべきか。アサヒビール躍進の原動力となった福地茂雄氏と、デジタル化の激流を乗り切る大改革を実現した富士フィルム代表取締役会長・古森重隆氏。一途一心に邁進してきたお二人に、激動の時代に持つべき仕事観・人材育成論について語り合っていただきました。
※対談の内容は2012年当時のものです。
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「君はそのために何をしたか」
(古森)
私もいろんな上司に仕えましたけれども、特に印象に残っているのは、営業マン時代に社長に直訴した時のことです。何かの会合で当時の社長と言葉を交わす機会がありましてね、
「フィルムをもうちょっと改良すべきです。工場や研究所にはっぱをかけていただけませんか」
と言ったんです。そうしたら、
「それは私も言おう。けれども君はそのために何をしたか? どうしたら現場が思うように動いてくれるか、君も考えて動いてみなさい」
と言われてはっと気がつきました。あぁそうだ。何でも人頼みではなく、まず自分でなんとかしなくてはいけないんだと。要するに、人のせいにしないということです。
以来、会社で自分に問題が降りかかってきた時は、誰かが悪いのではなく、自分がそれを解決する努力をしないのが悪いんだと考えるようになりました。
これはもの凄く大事なことです。それを一所懸命実行してきた結果、社長になったと言えるかもしれませんね。
(福地)
私はたまに家内から、「あなたってストレスないの?」って聞かれるんですよ。「バカ言え。俺だってストレスはある」と(笑)。
(古森)
ビールを飲んで忘れるんじゃないですか(笑)。
(福地)
それもありますね(笑)。
結局人間というのは、生きている間はストレスから逃れられない。だったら、いかにストレスを持ち越さないかが大事になってきます。
考えてみれば、40年前のあの問題が未解決だとか、35年前のあの問題が未解決だっていうのは滅多にないんです。いつか片付いている。人間が起こした問題というのは、何らかの形で必ず解決する、破れない壁はないんです。
だから私は自分の机の上に、
「いますぐには解決できない。
一人では解決できない。
いままで通りでは解決できない」
と書いた紙を貼って、たとえ難しい問題に直面しても、必ず解決するはずだと信じて取り組んできました。そう思っているとストレスも持ち越さなくなるんです。
何事にも誠実であれ
(古森)
いまのお話にも通じると思いますが、一番大事なことはやはり自分にも人にも誠実に向き合うことじゃないでしょうか。仕事にも、会社にも、人に対しても、すべてのことに真正面から取り組む。そういう誠実な心が大事だと思います。
(福地)
一番の根本ですね。
(古森)
少し前ですが、出張先で現地の従業員と一緒に飲んでいた時に、30代の若い社員が私に聞いてきたんです。自分の生活と会社の仕事をどう両立していいか分からない。どれだけ会社にエネルギーを注げばいいんでしょうと。私はその時こう言いました。
「とにかく半年間全力で会社のために働いてみなさい。そこで初めてどうバランスを取ればいいかが分かるから」
しばらくして彼は、分かったような気がします、と言ってくれましたけれどね。
誠実というのはそういうことにも通じると思います。やはり一途一心、一所懸命何かに取り組んでいかないと何も学べないし、自分も成長できないんです。
私自身の経験に照らして言えば、やはりいつも会社のことを考えて行動する人間は伸びると思います。
会社のために一途一心、一所懸命頑張ることが自分の成長にも繋がるし、それを人はちゃんと見ているんです。あぁあいつは会社のためにいつも一所懸命やっている男だと。私にそういう信頼を抱いてくれた人が何かの形で返してくれる。情けは人のためならずといいますが、会社のためにベストを尽くしたら、自分にも返ってくるんです。
私はそう信じて、若い頃から、自分は会社に貢献しているか、中途半端な仕事をしていないか、いつも己に問いかけていました。上司との衝突も辞さなかった私が社長にまでなったのは、私がいつも会社のことを思ってやっていることをみんなが認めてくれたからだと思います。そういう生き方っていうのはいいですよ、実に気持ちいいものです(笑)。
(福地)
素晴らしい心掛けですね。
(古森)
もちろん社長になる、ならないが重要なのではありません。自分の思う通りの人生を生きたかどうか、自分自身を実現できたかどうか、そこが一番大事です。それが人生の本当の勝者なんです。
(福地)
徳川300年の鎖国から覚めて、明治、大正、昭和の初めにかけて日本の国力はもの凄く伸びましたよね。あれはやっぱり隣の中国などを見ていて、このままでは列強の植民地になってしまうという強い危機感があったからです。あの時期の日本人の努力というのは大変なもので、まさに一途一心だったと思うんです。
いまはその勤勉さや努力を、どこかへ置き忘れているような気がしてなりません。これをもう一度取り戻さなければならない。いまのままでは国の力がますます弱くなっていきます。実際、いろんな分野で中国や韓国に追い越されてきている。何かを成していこうという執着心というか、そういうものが失われている感じがします。だから一途一心という姿勢がいまもの凄く大事だと思うんですよ。
(古森)
同感です。このままでは国が危ないと思いますね。政治も混迷を極めてなかなか優れたリーダーシップが発揮されない。国の課題、方向性が明確にならない。解決できない。国民も活力とか、闘争心、向上心を失って弱体化している。80年代に成功した代償でしょう。みんながハングリーでなくなって、これでいいんだと思っているんじゃないでしょうか。
だから、日本を追い上げてくるアジアの国々、アグレッシブにいろんなことを仕掛けてくる西洋諸国に対抗していくためにも、もう一回明治開国の精神を取り戻して、新しい21世紀の日本を創っていかなければなりません。ピンチの中にチャンスありです。いまの日本人には攻めの気持ちが必要だと私は思います。国がなくなったら会社もないことを忘れてはなりません。
(福地)
あのタイタニック号の進水式で船主が「この船は沈まない」と言ったところ、船を造った技術者は、「沈みます。鉄で出来ているんですから」と言ったそうです。いまは「うちに限って」と思っている日本人がほとんどではないでしょうか。日本という国は潰れないと信じ切っていると思いますよ。
(古森)
私はよく3つの向きが大事だと言うんです。前向き、外向き、上向き。いまの日本はどれも逆で、後ろ向き、内向き、下向きになって自信を失っている。国も会社も、この3つの向きを変えて、いま一度奮起しなければなりませんね。
(本記事は月刊『致知』2012年2月号 特集「一途一心」より一部を抜粋・編集したものです)
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◇古森重隆(こもり・しげたか)
昭和14年長崎県生まれ。38年東京大学経済学部卒業、富士写真フイルム入社。平成7年取締役、8年富士フイルムヨーロッパ社長を経て、12年社長に就任。19年日本放送協会経営委員会委員長(20年まで)。
◇福地茂雄(ふくち・しげお)
昭和9年福岡県生まれ。32年長崎大学経済学部卒業後、アサヒビール入社。京都支店長、営業部長、取締役大阪支店長、常務、専務、副社長を経て平成11年社長に就任。14年会長。18年相談役。20年第19代日本放送協会会長(23年まで)。