生涯、茶の心で生きる。数え年98、千 玄室の人生観

茶道裏千家第15代家元・千 玄室氏。数え年98のいまなお、茶道普及のため国内外を飛び回っているというから驚きです。その若き日、千氏はどのような体験を通じ、茶道への思いを深めていったのでしょうか――。『致知』2020年4月号 特集「命ある限り歩き続ける」より、千氏の特別講話を一部紹介します。

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茶の道を日本から世界に

〈千〉
(戦争が終わり、)私は京都に戻ってしばらくすると茶道の家元を継ぐために大徳寺で禅の修行に打ち込みました。本来なら、そこまで厳しい修行を求められていたわけではありませんでしたけれども、私は生き残ったことへの忸怩たる思いを少しでも忘れたかったのです。

その頃、後藤瑞巌(ごとう・ずいがん)老師が大徳寺の管長になられ、祖母が老師と親しくしていた関係で私も母に連れられて相見の機会をいただきました。

「僧堂で修行をさせていただきたい」と申し上げますと、瑞巌老師はジーッと私の顔を見て

「あんたな、自分が死に損ないと思ってんのやろう。顔に出とる。そんな顔をした人間を僧堂に入れるわけにはいかん」

と一喝されました。

帰ってから母に「死に損ないが顔に出ていますか」と聞きましたら「あんたの目が鋭い。もうちょっと柔らかくしたら」と言います。仲間が皆死んでいるのに、自分だけが生き残ってしまったのは、とても苦しゅうございました。そんな思いが顔に出ていたのでしょう。

それでも何とか入門を許されて僧堂での修行が始まりました。作務で寺の草をむしっておりましたら、後ろに誰か立っていらっしゃる。瑞巌老師でした。

「あんな、あんたその草をどう思って抜いているんや」。

老師にそう聞かれ、草取りの真似事みたいなことをやっているのがバレたかな、しもたなと思いました。あとで来るように言われて、老師の部屋に入りますと、こうおっしゃるんです。

「あんたな。抜いていた草も生きているんやで。抜いているあんたも生きている。その草にすみませんのひと言を掛ける。そのくらいの気持ちをもって草を抜かなあかん。あんたは亡くなった戦友のことばかりを考えて、後悔ばかりしている。そんなことでは修行はできん」

目から鱗といいますか、老師のこのひと言にはハッとさせられました。「この老師に就いて本当によかった」と思いました。と同時に

「千、おまえだけでも生きてくれよ。おまえならきっと日本の平和のために役立ってくれるやろ」

という戦友の言葉が甦ってきました。それから私は「よし、微力であっても茶の力で人類の平和、皆が手を繋ぎ合い尊敬し合う社会実現のために尽くさせていただこう」と決心したんです。

単身渡米、お茶の行脚に入る

瑞巌老師からいただいた忘れられない言葉は他にもございます。昭和26年、世界を舞台にしたお茶の行脚を始めるに当たりご挨拶に行った時、

「あんた、アメリカに何しに行く」

と頭ごなしにやられました。自分の思いをお伝えすると、「ほんとにそれができるんか」という目で私をご覧になる。

「まあな、決心が大事や。アメリカに行って、一つ自分の心の中を見つけてこい」

そう言われて紙に書いてくださったのが

「主人公」

という禅の言葉でした。唐時代の瑞巌和尚が坐禅をする時に、「主人公よ」「おまえは目を覚ましているか」「考え違いをしていないか」「本当のおまえは何だ」と自問自答していたことから生まれた言葉ですが、その言葉をいただいたお陰で二年間、アメリカで本当に苦労はしましたけれども、いろいろな場でお茶を普及することができました。

アメリカでの大きな出会いの一つは実業家のロック・フェラーさんです。ロック・フェラーさんは日本文化が大好きで、奥様がお茶を嗜んでおられたこともあって、アメリカでの普及に何かとお力添えくださいました。

禅文化を世界に広められた鈴木大拙先生もその頃、アメリカに滞在しておいででした。ハワイ大学で教鞭を執っていた時、先生と私は同じ家の上と下に住んでおりました。「お茶は本当に大事な日本文化です。茶の哲学はアメリカ人には分からない。君はもっと茶道学を学びなさい」と言われて熱心に先生の講義をお聴きしたのも懐かしい思い出です。

振り返りますと、私はこれまで多くの師に恵まれてきました。父は親としてだけでなく茶の道の師匠として尊敬しております。それから戦後、心の支えになっていただいた後藤瑞巌老師、茶道を学問的に手ほどきしてくださった鈴木大拙先生……。これら幾人もの師とのご縁によっていまの私があることを思うと、「ありがたい」という感謝の言葉しかございません。

(本記事は『致知』2020年4月号「命ある限り歩き続ける」から一部抜粋・編集したものです。『致知』にはあなたの人間力・仕事力を高める記事が満載! 詳しくはこちら

◇千 玄室(せん・げんしつ)
大正12年京都府生まれ。昭和21年同志社大学法学部卒業後、米・ハワイ大学で修学。39年千利休居士15代家元を継承。平成14年長男に家元を譲座し、千玄室大宗匠を名乗る。文学博士、哲学博士。主な役職に外務省参与、ユネスコ親善大使、日本・国連親善大使、公益財団法人日本国際連合協会会長。文化功労者顕彰・勲二等旭日重光章・文化勲章、レジオン・ドヌール勲章オフィシエ、レジオン・ドヌール勲章コマンドール(共にフランス)、大功労十字章(ドイツ)、独立勲章第一級(UAE)等を受章。

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