ソプラノ歌手・佐藤しのぶが最後まで歌い続けた理由

2019年9月29日、クラシックの垣根を超えて多くのファンに愛された日本を代表するソプラノ歌手・佐藤しのぶさんが急逝されました。享年61。『致知』には生前に2度ご登場いただきましたが、今回はその華麗な歌声の内側に秘めた思い、心を支え続けた詩と願いについてのお話をご紹介します。対談のお相手は、日本を美しくする会相談役・鍵山秀三郎さんです。

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「もうやめよう」という思いがいつも頭をよぎる

〈鍵山〉
佐藤さんはオペラ歌手として初めてNHK紅白歌合戦に出場されたり、ウィーン国立歌劇場で「蝶々夫人」の主役を演じられたり、天皇陛下御即位20年をお祝いする祭典で歌われたりと、華やかな世界を歩んでこられたように見えるのですが、逆境というのはありましたか?

〈佐藤〉
もう逆境ばかりです(笑)。一難去ってまた一難という感じで、本当にピンチの連続でした。一番しんどいのは声が出ない時ですね。私たちは公演でマイクを使わずに歌いますから、一切嘘がないというか、ごまかせないんです。

最高の歌声をお客様に聴いていただきたい、自己ベストを更新したいと思って、そのために毎日七時間くらい稽古を積み、体調も整えていくのですが、それでもやはり舞台当日、声の調子が悪い時がある。できることは全部やっていますから、あとはもう祈るしかありません。

〈鍵山〉
まさに命懸けですね。

〈佐藤〉
いやぁ、本当にそうです。ひと舞台、ひと舞台、毎回必死で歌っています。

〈鍵山〉
長く続ける中で「もうやめようか」と思うようなことは?

〈佐藤〉
あっ、それはいつも思っています。

〈鍵山〉
ええ、いつも!?

〈佐藤〉
きょうはダメだ、もうダメだと。私は今年で還暦を迎えるのですが、そもそもこんな年まで歌えるなんて夢にも思っていませんでした。

〈鍵山〉
オペラ歌手は非常に体力が要りますからね。

〈佐藤〉
プラシド・ドミンゴさんのようなスーパースターの方は70歳を越えてもなお現役でされていますが、50歳くらいが一つのターニングポイントなのかもしれません。長時間歌い続けるのはそれくらい激務なんです。

〈鍵山〉
そういう中で何が支えになりましたか?

〈佐藤〉
やはり私の歌を聴きに来てくださるお客様の存在です。この間も大阪で歌わせていただいた時、高校時代の友人が来てくれました。その友人から聞いたのですが、ご高齢の方が足を引きずりながら会場にお運びいただいて聴いてくださったり、車椅子の方も来られて最後まで拍手してくださったり。

そういうお客様がいらっしゃることを知ると、もっといい歌を聴いていただけるように、もっと喜んでいただけるように、頑張らなければいけないと思います。

天から与えられた使命に生きる

〈鍵山〉
佐藤さんはオペラ歌手として30年以上も第一線で活躍されてきましたが、人生で大切なものは何だと感じておられますか?

〈佐藤〉
私はまだまだ至りませんので、そんな大それたことは言えませんが、平和な世の中を守るためには一人ひとりの心が平和でなければなりません。

ところが、最近は「自分ファースト」という言葉が流行語になってしまっていますよね。あたかもいい言葉のように一日中テレビで流れている。

〈鍵山〉
自分ファーストの人が増えれば間違いなく日本は滅びますよ。

いまの日本人は、自分にとって都合や条件がいいことを幸せだと勘違いしています。これは大いなる誤りで、むしろ目先の好都合は後々、不都合に変わることが多いんです。目先の好都合を求める生き方を変えない限り、絶対に幸せにはなれない。そのことを真に理解してほしいですね。

たとえいまが不合理であっても、避けたり逃げたりせず、耐え忍んで乗り越えていく。それが将来の幸せを招き、人生の新しい道を開いていく。そう確信しています。

〈佐藤〉
坂村真民先生の「あとから来る者のために」という素晴らしい詩がございますよね。

「あとから来る者のために/田畑を耕し/種を用意しておくのだ/山を/川を/海を/きれいにしておくのだ/ああ/あとから来る者のために/苦労をし/我慢をし/みなそれぞれの力を傾けるのだ/あとからあとから続いてくる/あの可愛い者たちのために/みなそれぞれ自分にできる/なにかをしてゆくのだ」

この詩のとおり、あとから来る人たちが少しでも幸せに安らかに生きられるように、役に立てることを黙って静かにしてあげられたらいいなというのが、いまの私の気持ちです。

人の命というのは与えられたものですから、循環するものだと思います。ですから、自分が何か悪事を働いたら、それは必ず巡り巡って、自分や周囲の人たちに返ってくる。

両親から「お天道様が見ていますよ」と躾けられて、もうそれが身についていますから、悪いことはできないんです。逆に自分が何か人に喜ばれることをすれば、それもまたいつか返ってきますし、少しずつ世の中はよくなっていくはずです。

自分には使命なんかないというのが、多くの人の考えのような気がしますが、私は、責任を持つことで使命感が生まれるのだと思います。自分のためではなく、誰かの役に立てる、誰かが喜んでくださる、そういう気持ちを抱いた時、自分の持っている力以上のものを発揮できるのではないかと思っています。


(本記事は月刊『致知』2018年3月号 特集「天 我が材を生ずる 必ず用あり」から一部抜粋・編集したものです

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◇佐藤しのぶ
さとう・しのぶ――東京都生まれ。文化庁オペラ研修所を最年少、首席で卒業。芸術家在外研修員としてミラノへ留学。ウィーン国立歌劇場での「蝶々夫人」を皮切りに欧州、豪州、アメリカでのオペラ及び著名な指揮者、オーケストラとの共演多数。文化放送音楽賞、都民文化栄誉章等を受賞。CD・書籍の収益は世界の恵まれない子供たちへの寄付や、現地の井戸や学校教室設立、医療等に役立て、現在は東日本大震災の義援金として寄付を行っている。

◇鍵山秀三郎
かぎやま・ひでさぶろう――昭和8年東京生まれ。27年疎開先の岐阜県立東濃高等学校卒業。28年デトロイト商会入社。36年ローヤルを創業し社長に就任。平成9年社名をイエローハットに変更。10年同社相談役となり、22年退職。創業以来続けている掃除に多くの人が共鳴し、近年は掃除運動が国内外に広がっている。著書に『凡事徹底』『あとからくる君たちへ伝えたいこと』など多数。最新刊に『鍵山秀三郎 人生をひらく100の金言』(いずれも致知出版社)がある。

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