2020年03月22日
若き日に、日本を代表する料亭で共に腕を磨き合った未在店主の石原仁司さんと虎谷壺中庵店主の岩本光治さん。いま全国で名の知られた日本料理の名店を営む一流料理人のお二人に、仕事の心構えとおもてなし精神の神髄について語り合ってただきました。
☆人間力を高める記事や言葉を毎日配信!公式メルマガ「人間力メルマガ」のご登録はこちら
おもてなしに終わりなし
(岩本)
どんなに小さなことも手を抜かないというのは、僕たち料理人の鉄則でしょうね。
(石原)
誰だってそうでしょうが、辛くなると手を抜きたくなるんです。だけど、そんなことではいけない。お客様に見えるところだけがいくらきちんとしていても駄目です。だから、準備や仕込みの段階からしっかりやる、ということですね。食材を仕入れる、調理をする、人を育てる、そのすべてが味に影響しますから。
僕はいまでも毎日、朝から食材の買い出しに行きます。市場だけでなく、よいものがあると聞けば直接生産者のところに出向いたり京都中のスーパーの生鮮食料品売り場にも足を運んだりします。自分の目で見て自分の足を使って食材を仕入れ、それを料理にして味わっていただく。僕は料理人の原点はそこだと思うんですよ。
(岩本)
やはりスタッフの皆さんにもその精神を徹底されている。
(石原)
スタッフはいまは6人ですけれどもね。接客では何よりも真剣さが大切だと言っています。真剣は真心に繋がるんです。「君たちにその真心があるのか」ということは常に言っていますね。第一、真剣さがないとお客様に心は伝わりませんよ。若いスタッフの多少のミスはお客様は笑って許してくださるかもしれませんが、不真面目でいい加減だったら許してもらえるはずがない。
先ほども言いましたが、うちは1日1回、14席のカウンター席のみです。これが僕が細やかに目配りできる限度なんです。3万5000円の月替わりの懐石料理には、厳選した旬の食材300種類以上を使います。味に直接影響するわけではありませんが、見た目をよくするためにマグロの赤身からは血管をすべて丹念に取り除いていきます。そうやって食材のよさを最大限に引き出した料理をお出して初めて、本当のおもてなしだと僕は考えているんです。
縁あって一緒になった14名のお客様が、一つの空間で同じ料理を味わって感動をともにされる。これを僕は「一座建立」と言っていますが、その真剣勝負の場に居合わせられるのは、やはり最高の喜びですね。
もちろん、同じことをやっていては常連さんに飽きられるし、感動も生まれない。だからといって小手先の食材だけを変えてみても駄目なんです。おもてなしの心をさらに深めていかなくてはいけない理由はそこでしょうね。自分を磨く努力も当然欠かせません。
(岩本)
僕は石原さんと違っていい加減な男だけど、思いは同じです。いい調理法はシンプルで無駄がないし、無理してつくった料理は長続きしない。その中で自分の味をどんどん究めていけたら、というのが理想ですね。
僕のところは自然環境に恵まれていますから、近くの山や川から直接食材を採ってくることも多くあります。そうやって四季の移ろいを感じながら仕事をしていると、いろいろな発見があります。こんなことを言うとオーバーに聞こえるかもしれませんが、山に行くと川の響きがいつもとは違って聞こえるということが実際にあるんですね。そういう宇宙の現象を敏感に感じ取ることも、料理人として大事ではないでしょうか。
この頃の都会の若い料理人は、食材を使いこなせずに、ちょっとでも他所と違った珍しい料理を出そうとする傾向にあります。でもそれはただ流れに乗っているだけで、いずれ限界が来ると思うんです。そういう若者がうちにもよく来るから「もっと本質的なものを見極めないかんよ」と説教するんですけどね(笑)。
(石原)
それにしても、岩本さんは地方にいながらにして、自分の道をよく開いてこられましたね。
(岩本)
一つの世界が開けると、それがいろいろなものと繋がっていると分かる瞬間があります。何気ないワラビでも、実はとてもいい食材であることが分かると、これに何を組み合わせたらいいかという思わぬ発想が生まれてくる。その時は本当に嬉しいですね。
(石原)
確かに料理の道には、これでいいということはありませんね。岩本 石原さんの未在というお店の名前の由来も、またそこではありませんか? 「未だここに在らず」と……。
(石原)
これは禅の言葉で「修行に終わりはなく、常に向上心を持って上を目指せ」という意味です。僕が吉兆を退職した時、盛永ご老師のお弟子さんからいただいたご老師の墨蹟から頂戴した言葉なんですが、それは僕に対しての何かのメッセージでしょうね。
道を求めて終わりがないのは、皆がそうだと思うんです。それぞれの人に道があって、道を求めている人にとっては完成ということはない。また、そういう気持ちを常に忘れずに仕事の中で精進していくことが大切だと思っています。
(岩本)
僕の「壺中庵」は「壺中日月長」という中国の故事から取りました。何もない田舎だけれども、その門を潜ると別天地が開けてくる。間口は狭いけれど奥はどこまでも深い。そう感じ取っていただける店にしたいと思って名づけました。だけど、それを実現するのは容易ではありません。
(石原)
美しい自然を眺め、清新な空気を吸いながら心を浄めてこそ料理が美味しくいただける、という岩本さんの思いは僕自信の信念でもありますね。未在を京都の喧噪から離れたところにつくった理由もそれなんです。
(岩本)
おもてなしを追い求めようと思ったら切りがないね。
(本記事は『致知』2016年6月号「関を越える」から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生や経営、仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら)
◇石原仁司(いしはら・ひとし)
昭和27年島根県生まれ。43年大阪高麗橋吉兆本店に入店、故湯木貞一氏に師事。京都龍安寺大珠院住職・故盛永宗興老師と出会い、師事を仰ぐ。京都吉兆料理長を経て平成4年総料理長に就任。16年京都東山の円山公園に未在を開く。
◇岩本光治(いわもと・みつはる)
昭和28年徳島県生まれ。高校卒業後、46年吉兆に入社し、故湯木貞一氏に師事する。嵐山吉兆で5年間の修業の後、家業を嗣ぎ60年虎屋 壺中庵を開く。