「津波てんでんこ」に込められた真意——自然災害にどう立ち向かうか 片田敏孝

 

多くの犠牲者を出した東日本大震災から9年の月日が過ぎましたが、その悲しみと苦しみはいまなお癒えたとはいえません。再び同じ悲劇を繰り返さないために、私たち一人ひとりは何をすべきなのか、またどのような心構えで日々を過ごせばよいのか――。長年岩手県釜石市の防災教育に携わってきた群馬大学大学院教授の片田敏孝さんに、当時学校管理下になかった5人を除く児童・生徒約3000人が全員無事だった釜石市立の小・中学校の事例を交え、語っていただきました。

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釜石の奇跡はかくて起こった

(片田)

学校での防災教育は、年間5時間から十数時間行ったが、子供たちに教えたことを彼らの中だけで完結させてしまうと、家庭や地域へと広まってはいかない。そこで私は授業の最後に次のことを問い掛けた。「君たちは先生が教えてきたとおり、学校で地震に遭えば絶対に逃げてくれると思う。だけど、君たちが逃げた後に、お父さんやお母さんはどうするだろう?」

すると、子供たちの表情は一斉に曇る。お父さんやお母さんは自分のことを大事に思うがゆえに、学校まで自分を迎えに来るであろうこと、そしてその帰結がどうなるかが想像できるからである。

私は続けてこう話をした。「きょう家に帰ったら、お父さんやお母さんに君たちが教えてあげるんだ。『いざという時は、僕は必ず逃げるから、お父さんやお母さんも必ず逃げてほしい』と。そのことを心から信じてくれるまでちゃんと伝えるんだ」

その日は授業参観日だったため、子供たちだけがいる場でそう言い聞かせた一方、保護者が集まっている場所へも行き、次のように話をした。

「私が行った授業を踏まえ、子供たちはきょう、“いざという時は、僕は必ず逃げるから、お父さんやお母さんも必ず逃げてね”と一所懸命に言うと思う。

あの子たちは、お父さんお母さんが、自分のことを心配してくれるがゆえに命を落としてしまいはしないかと心配している。でも皆さんも、子供たちが絶対に逃げてくれると信用できないと、自分一人で逃げるという決断がなかなかできないだろう。だから、その確信が持てるまで、きょうは十分話し合ってほしい」

そして最後にこんな話をした。

東北地方には“津波てんでんこ”という言い伝えがある。津波がきたら、てんでんばらばらに逃げないと家族や地域が全滅してしまうという教訓だ。

しかし、これを本当に実行できるだろうか。私にも娘が一人いるが、例えば地震がきて娘が瓦礫の下敷きになっていたとしたら、たとえ津波がくることが分かっていたとしても、たぶん私は逃げないと思う。どう考えても逃げることなどできない。

にもかかわらず、先人はなぜこんな言葉を残してくれたのだろう。私はその真意を考えた。おそらくこの言葉には、津波襲来のたびに、家族の絆がかえって一家の滅亡を導くという不幸な結果が繰り返されてきたことが背景にある。その苦渋に満ちた思いとともに我々の先人が残してくれたのが、“津波てんでんこ”という言葉ではないか。

その意味するところは、老いも若きも、一人ひとりが自分の命に責任を持てということ。そしていま一つの意味は、家族同士がお互いに信じ合っていることが大事だということではないだろうか。

子供は、お母さんは必ず後からちゃんと迎えに来てくれると、お母さんを信頼して逃げる。一方、お母さんは、子供を迎えに行きたいが、我が子は絶対逃げてくれているという信頼のもと、勇気を持って逃げる。これは家族がお互いに信用し合っていなければできない。“津波てんでんこ”とは、自分の命に責任を持つということだけではなく、それを家族が信じ合っている。そんな家庭を築いておけ、という意味ではないだろうか」

今回の震災で、釜石では市全体で約1300人が亡くなったが、学校の管理下になかった5人を除いては全員が生き残ってくれた。さらにその3000人の小・中学生の親を調べてみると、亡くなったのは40人程度で、全体から見ても少ない数となった。これは子供を通じて行った親や地域への防災教育の取り組みや“津波てんでんこ”の話がうまく伝わった結果ではないかと感じている。

 (本記事は『致知』2011年8月号「リーダーの器量」から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生や経営、仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

◇片田敏孝(かただ・としたか

昭和35年岐阜県生まれ。平成2年豊橋技術科学大学大学院博士課程修了後、岐阜大学工学部土木工学科助手などを経て現職。

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