本田宗一郎が〝激怒〟しながら伝えたモノづくりの極意

没後30年が経ったいまなお、熱き経営者魂に感化される人が後を絶たないホンダ創業者・本田宗一郎(1906~1991)。その情熱をいまなお引き継ぐ、クルマづくりの原点とは……。1970~80年代にかけて「シビック」や「アコード」などのデザインを手掛けてきた岩倉信弥さんに、本田宗一郎から受けた薫陶や、「怒られて掴んだ」モノづくりの極意を語っていただきました。

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現場・現物・現実主義を徹底

〈岩倉〉
本田さんは凄く大きな夢を語るのですが、それが決して机上(きじょう)の空論にはなっていない。夢は大きく、目標は高いんだけど、やっていることは現場主義なんです。

やはりちゃんと物を見て、直(じか)に物に触れ、現実をよく知らなきゃいけないという「現場・現物・現実主義」。それを外すと「やりもせんに!」と拳骨(げんこつ)やスパナが飛んでくる。

こちらは大学を卒業して多少知恵がついている分、「いやそれは無理です」とか、屁理屈を一所懸命並べるんだけど、言おうとすると怒られる。しょうがない、やるしかない、で、やっているうちにできちゃった、ということが何度もあった。

人間は窮地に追い込まれて、いうなれば2階に上げられて梯子(はしご)を外され、さらに下から火をつけられる、という絶体絶命の危機に立たされ、初めて湧いてくるアイデアや閃きがあるものです。それを生み出すためのシステムを、ホンダでは「缶詰」「山ごもり」「カミナリ」と呼んでいました。

「缶詰」は一つの部屋に閉じ込められて、アイデアが出てくるまで一切部屋から出してもらえない。家に帰ることも許されず、その空間でとことん考え抜く。

「山ごもり」は温泉に行けと言われ、喜び勇んで出掛けると、その安宿には紙と鉛筆しかない。最新設備のある研究所を離れ、立ち位置を変えることで新たなアイデアを生み出すのです。

最後の「カミナリ」は、言うまでもなく本田さんのカミナリです。これほど恐ろしいものはないから、皆逃げ出そうとする。僕も逃げ出したかったんだけど、それも悔しいから、なんとか怒られないで済む方法はないかと考えた。

結局、なぜ怒るのかと考えたら、本田さんは経営者として考えているんです。

不可能を乗り越え世界一を目指す

我々一般の人間は、なるべく厳しい戦いは避けようとしますね。商品開発でも、水と油のように相いれない関係があれば、はなからミスマッチだと否定してしまう。けれども2代目の「プレリュード」をつくった時、お客様はきっと、スポーツカーのかっこよさとセダンの実用性を兼ね備えた車を期待しているように感じたんです。

普通であれば、そんなことはできないと諦めてしまうんだけど、僕の提案を聞いた3代目の久米是志(ただし)社長は、「よし、やってみよう」と言ってくださった。そして(1982年に)発売されたこの車は世界中で大ヒットを飛ばし、続く3代目「シビック」は自動車デザインで世界グランプリを取りました。

その時僕は、「矛盾」という言葉について考えました。天下無双の盾(たて)と矛(ほこ)があって、いくら戦っても勝負がつかない。けれどももっと高い地点で、お互いが手を握り合う世界があるんじゃないか。勝負のない、戦わない世界があるんじゃないかと。けれども、そのためにはまず戦わないとダメなんです。それこそ、もう死ぬ思いをしてね。

本田さんは誰もが不可能だと思えることを口にし、その不可能命題を乗り越えて世界一になった人です。そういう姿を次の社長も、その次の社長も見ているから、ホンダにその遺伝子が受け継がれていくんです。

本田さんはもの凄く怖い人だったけど、実は怒ることによって自分の持つ高い想いへと、我々を引き上げようとされていたんじゃなかったかと最近思うのです。一緒にモノをつくって完成させる喜びを、皆で味わうためにね。


(本記事は月刊『致知』2007年8月号 特集「人は教えによりて人となる」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇岩倉信弥(いわくら・しんや)
昭和14(1939)年和歌山県生まれ。39(1964)年多摩美術大学卒業後、本田技研工業に入社。本田宗一郎の薫陶を受け、ホンダ車のデザイン、商品開発の担い手となる。平成7(1995)年常務取締役(四輪事業本部商品担当)。11(1999)年退社。13(2001)年から多摩美術大学教授。

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