虐待された子供たちの支えになりたい——日本こども支援協会代表理事・岩朝しのぶさん

全国で4万5000人に上る児童虐待の現状を憂い、家庭環境に恵まれない子供たちの支援に尽力してきた日本こども支援協会代表理事・岩朝しのぶさん。多くの子供たちの心の支えになりたいという思いを、なぜ抱くようになったのでしょうか。その原点となるエピソードを語っていただきました。対談のお相手は、シスターとして生と死に多く向き合ってきた髙木慶子さんです。

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小さな命と向き合って

〈髙木〉
岩朝さんは、どうして虐待の問題に関わるようになったんですか。

〈岩朝〉
実は、私は先天性の病気を持って生まれてきて、小学4年生まで病院で暮らしていたんです。16回も手術を受けて何度も命の危機に直面しましたし、すぐ傍で病気で亡くなっていく子をずっと見てきて、命って当たり前にあるものではないことを強く実感しながら生きてきたんです。

〈髙木〉
それはお辛かったわねぇ。

〈岩朝〉
特に18歳の誕生日を迎えたその日に、病院で2歳の子が亡くなった時には本当に自分の無力さを痛感して、せめて1日も無駄にしないよう大切に生きていこうと心に誓いました。

そのうち、虐待で亡くなる子供たちのニュースが頻繁に報じられるようになりました。当時の自分にはそれを悲しむことしかできなかったんですけど、悲しむだけの日々がだんだん耐えられなくなりましてね。

自分に何かできることはないかと考え続けた挙げ句、温かい家庭に恵まれない子たちの里親になろうと決意したんです。

岩朝しのぶさん

〈髙木〉
そういういきさつがあったのですか。

〈岩朝〉
実際に子供を引き受ける前は、遊園地に連れて行ってあげようとか、いろんなプランを思い描いて胸を膨らませていました。

ところが初めて一緒に暮らした5歳の女の子は、「何を食べたい?」って聞いても答えられないんです。育児放棄でご飯をつくってもらったことがないから、答えられなかったんですよ。

〈髙木〉
それは酷い……。

〈岩朝〉
私がその子と同じ5歳の頃は、ずっと病院にいなければならないという辛さこそありましたけど、親や周りの皆さんからいっぱい愛情を受けていました。ですから、愛のない世界を生きてきた小さな命と初めて向き合った時の衝撃は本当に大きなものでした。

そういう子が当時3万6000人、いまは4万5000人もいるんです。私一人がどんなに頑張っても、一生に面倒を見られる子はせいぜい10人くらいでしょうから、それでは全然追いつかない。

他にも手を差し伸べてくれる人を増やすしかないと思って、平成22年に日本こども支援協会を立ち上げたんです。

〈髙木〉
それで、その5歳の女の子はどうなさったの。

〈岩朝〉
実の親に取り戻されてしまいました。自分の子供が私の所で幸せそうにしてるのが許せないって。一緒に暮らすうちにようやく心も整ってきて、「幼稚園に行きたい」って言い出した矢先でした。

一度児童相談所に連れてきてほしいと言われて、そのまま連れて行かれたんです。ろくにお別れもできなくて、帰宅したらその子が朝使った食器や洗濯物がそのまま残っているような状態で。もう部屋の灯りをつけることも忘れて、しばらく呆然としていました。 

〈髙木〉
その子を引き受けてどのくらい経ってからのことですか。

〈岩朝〉
ひと月くらいでした。でもそのひと月がとっても濃かっただけに……。

その子に「耳かきしてあげようか?」って言ったら

「耳かきって何?」

って言うわけですよ。耳を見たら真っ茶色で、すぐに耳鼻科に連れて行ったら先生から「お母さんダメだよ、こんな状態まで放っておいて」って叱られました。思わず「私は母親じゃないんです」って言葉が飛び出しそうになったのをグッと呑み込んで、一所懸命謝りながら毎日一緒に通ったんです。

そんなふうに私の中で母性がどんどん育まれていたところでいきなり切り離されたわけですから、心にぽっかり穴が空いてしまって、しばらく自分がどう過ごしていたか、ほとんど記憶がありません。

 その体験から、里親になってくださる方の心のケアの大事さを実感したんです。里親って何の権利もなくて、実の親から親権を振りかざされたら何もできません。ですから、しっかりケアをしてあげなければ潰れてしまうと思ったんです。

〈髙木〉
本当に大きな喪失体験でしたね。でも、いまのご活動に取り組まれる上で、とても大事なことに気づかれたと思います。

 


(本記事は月刊『致知』2019年11月号 特集「語らざれば愁(うれい)なきに似たり」から一部抜粋・編集したものです)

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 ◇髙木慶子(たかき・よしこ)
熊本県生まれ。聖心女子大学文学部心理学科卒業。上智大学神学部修士課程修了。博士(宗教文化)。終末期にある人々のスピリチュアルケア、及び悲嘆にある人々のグリーフケアに取り組む。現在、上智大学グリーフケア研究所特任所長、生と死を考える会全国協議会会長、日本スピリチュアルケア学会理事長などを務める。著書に『それでもひとは生かされている』(PHP研究所)『「ありがとう」といって死のう』(幻冬舎)など。

 ◇岩朝しのぶ(いわさ・しのぶ)
宮城県生まれ。企業経営を経て、平成22年日本こども支援協会設立。自身も里親として女児を養育する傍ら、児童養育施設や里親の支援をしながら社会養護の現状や里親制度の啓発に取り組む。その他、虐待防止活動、母子家庭支援、父子家庭支援、育児相談、震災孤児・遺児支援活動にも尽力している。

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