小川三夫氏が語った、最後の宮大工棟梁・西岡常一の言葉に込められた意味

宮大工の道を極め、「最後の宮大工棟梁」と称された西岡常一。その西岡棟梁のもとで厳しい修行を積んだのが宮大工の小川三夫さんです。西岡棟梁との出逢いと、いまを生きる私たちにも貴重な人生・仕事の指針を与えてくれるその教えについて、小川さんに語っていただきました。

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西岡棟梁との出逢い

〈小川〉
私が仕えた西岡棟梁も、自分が働く姿を見せることによって弟子たちを育てようとする人でしたね。

そもそものご縁は高校時代の修学旅行でした。まぁ私もいい加減な生徒でしたからね。皆で酒を飲んでべろんべろんになって、法隆寺を訪れたんです。そこに五重塔があって、ガイドの人が「この塔は1300年前に建ったものです」と説明されました。

塔の前に立って見上げた瞬間、1300年前にどうやって材料を運んだのか、相輪をどうやって塔の上に上げたのかという疑問が湧いてきて、気がつくと、「この仕事ができたらいいな」と思うようになっていたんです。

何も知らないのがよかったのでしょう。もし、本を読んでいろいろと法隆寺についての知識を身につけていたら、そういう感情は湧かなかったと思います。

栃木の家に帰って親父に「宮大工になりたい」と伝えると、銀行員の親父は「気持ちはよく分かるけれども、それは川の流れを遡るようなものだ。それよりも船に乗って下れる仕事はないのか」と言うんです。だけど、私は生活態度は不真面目だし成績もビリのほうで、先生からは怒られてばかりだったから、「ようやく自分に合う仕事が見つかった」という気持ちが強くて、簡単には引き下がりませんでした。

法隆寺に大工がいるかどうかも知らないまま、とりあえず奈良県庁に足を運んで「こういう仕事をしたいので、お願いします」と相談すると、「法隆寺には西岡楢光(常一棟梁のお父上)という棟梁がいるから訪ねてみなさい」と教えてもらいました。

法隆寺にいた大工さんに「西岡さんは、どなたでしょう」と尋ねたところ「西岡誰だ?」と。ところが私は迂闊にも下の名前を失念してしまったんですね。そのことを正直に話しますと、出てきたのが西岡常一棟梁でした。そこに私の運があったと思うのですが、西岡楢光という名前を覚えていたら、師匠に弟子入りすることはありませんでした。だから、運というのは、賢いとか頭がいいということとは関係ないといまも思っているんです。

その場で弟子入りを申し込みましたが、「こんな仕事をやっても嫁さんはもらえないぞ、飯も食えないぞ。やめておきなさい。それに18歳だと年齢的にもう遅いし、仕事もない」と歯牙にもかけてもらえませんでした。

それでも諦められずに、ちょっとでも宮大工に近い仕事をしようと長野県で仏壇づくりをしたり、島根県や兵庫県で神社の改修をしたりしながら、弟子入りの機会を窺っていました。ちょうど棟梁を訪ねて4年目でしたけど、棟梁から手紙が来たんです。「これから法輪寺で三重塔の建築があるので、おまえ一人くらいは来てよろしい」という内容でした。これは嬉しかったですね。

すぐに持っていた刃物を綺麗に研いで行きました。ところが、道具箱を見せると、棟梁はノミを手にとってポイッと投げるんです。こんなノミでは全く使い物にならん、という棟梁なりの駄目出しでした。

西岡棟梁が伝えたかったこと

西岡棟梁から最初に言いつけられた仕事は納屋の掃除です。納屋に上がってみると、これから建てる三重塔の描きかけの図面、大工道具がありました。つくりかけのお厨子もあって、「掃除をしろ」というのは、それを見てもいいということですね。「これで弟子入りが認められたんだ」と思いました。

西岡棟梁は、自分が弟子を育てているということはひと言も言わない人なんですね。「納屋を掃除しろ」という言葉から、弟子がそれを感じ取らなくてはいけない。

その次に言われたのは、「これから1年間はテレビ、ラジオ、新聞、仕事の本。そういうものに一切目をくれてはいけない。刃物研ぎだけをしなさい」ということでした。だから、仕事から帰ってくると、納屋に上がって毎日毎日刃物研ぎの練習です。

3か月くらいした時に、棟梁が納屋に上がってきて一枚の鉋屑を引いてくれました。私はそれを窓ガラスに貼って、棟梁が削った向こうが透けて見えるほどの鉋屑が出るまで毎日鉋を研いでは削り、研いでは削りを繰り返しました。1年の中では「さすがに仕事の本くらいなら読んでもいいのではないか」と迷った時期もありましたが、「刃物研ぎだけをしなさい」と言われた意味が最近、この年になってやっと分かってきた気がするんです。

施主さんはいつも私たちに「いい建物をつくってください」とおっしゃるわけですが、いい建物をつくる前に、自分に合った切れる刃物を持つことが大事なんですね。いい刃物を持てば、刃物に恥じるような仕事はしたくなくなります。見方を変えると、いい道具を持たないと、仕事にも手を抜くようになるんです。

毎日仕事から帰って刃物を研いでおけば仕事が面白くなって、いつの間にか丈夫で立派な建物をつくってくれます。だから、教えるのは「刃物の手入れをしなさい」と、それだけでいいと言ってもいいくらいです。

そういえば、こんなことがありました。まだ刃物研ぎばかりやっていた時、棟梁の息子さんが「京都の名刹・浄瑠璃寺に遊びに行こう」と連れ出してくださったんです。嬉しかったですね。初めてのことでしたから。

それで帰ってきたら、棟梁が鎌で畑の草刈りをしていました。しかも、草刈りの様子が尋常ではない。ガッガッガッと明らかに腸が煮えくり返っていることが分かるんです。だからといって「何で浄瑠璃寺に行ったのか」「見る目もないのに見てもしょうがないだろう」など小言はひと言も言わない。

ああ、これは棟梁に申し訳ないことをしたと思いました。それから約20年、棟梁のところにいて、どこかに遊びに行くなどということは一度もありませんでしたね。


(本記事は月刊『致知』2017年10月号 特集「自反尽己」から一部抜粋・編集したものです)

◇小川三夫(おがわ・みつお)
昭和22年栃木県生まれ。栃木県立氏家高校卒業直後に西岡常一棟梁の門を叩くが断られる。仏壇屋などでの修業を経て44年に西岡棟梁の内弟子となる。法輪寺三重塔、薬師寺金堂、同西塔の再建に副棟梁として活躍。52年鵤工舎を設立。以後、今日まで全国各地の寺院の修理、再建、新築などを続ける。著書に『木のいのち木のこころ(天・地・人)』(新潮文庫)『棟梁 技を伝え、人を育てる』(文春文庫)など。

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