太平洋横断に成功した全盲のヨットマン——岩本光弘氏の勇気と挑戦者魂

2019年4月、全盲のハンディを乗り越えて、米国人男性とペアを組みヨットによる太平洋横断を成し遂げたのが岩本光弘さん。2月24日にアメリカのサンディエゴを出発してから55日間、1万3000キロをノンストップで航海し4月20日に福島県の小名浜港に到着。失敗に終わった2013年の初挑戦から6年。再び立ち上がった、その原動力について語っていただきました。

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家内に誘われて始めたヨット

ヨットを始めたのは、35歳の時でした。ヨットをやっていた家内に誘われて始めたんです。当時は筑波大学の附属盲学校で鍼灸の教員を務めていました。自宅に近い千葉のヨットハーバーを家内と歩いている時に「レンタル」という看板が出ていて、「一緒に乗ってみる?」って言われたんです。

2006年に世界障害者セーリング大会に日本代表で出場、2012年にはアメリカのニューポートビーチからメキシコまで200キロを航海。そのうちにいろんな人に「太平洋を渡りたい」って触れ回っているうちに、タレントの間寛平さんと一緒に世界一周アースマラソンに臨んだ比企啓之さんと出会いました。

ヨットの雑誌に載った比企さんの記事に、「大きな夢のある人、私のエオラス号が待っています。編集部宛にメールをください」と書かれていましてね。僕のために書かれているような気がして(笑)、「全盲のヨットマン、岩本です。僕は5年ほど前から太平洋を横断したいという夢を持っています」とメールしたんです。

それを読んでくださった比企さんは、僕と一緒にセーリングして、これはやれると思ってくださいました。そして、趣味でヨットをなさっていたニュースキャスターの辛坊治郎さんに声をかけてくださったんです。辛坊さんはテレビの収録で多忙を極めていらっしゃいましたが、「面白そうだね」と快諾してくださいました。

11時間の漂流後に救助された初挑戦

2013年6月、福島の小名浜港からサンディエゴへ向かって出航。希望に胸を膨らませて。ところが6日目にズドーンと突き落とされたんです。鯨とぶつかったんです。救命筏に移り11時間漂流して陸上自衛隊の飛行艇で救助されました。

厚木基地まで搬送されてきた時には、盲目の僕でも見えるんじゃないかっていうくらいマスコミの人からフラッシュを浴びせられました。ネットでも随分バッシングを受けました。

「余計な夢を持つから、こんなことになるんだ」「おまえなんか、家でじっとしていればいいんだ」と。しばらくは、仲間からセーリングに誘われてもすべて断っていました。海を見るのも、波の音を聞くのも怖かったんです。

6か月くらい経った頃から、事故の意味を考えるようになりました。そうして、あの失敗は将来の成功の価値を100倍にも1000倍にも高めてくれるために起きたのだと思い至ったんです。

いくら素晴らしい夢を抱いても、やり続けなければ成功は掴めません。倒されたけれどもまた起き上がろう。怖いけれどもまた一歩踏み出そうと、闘志が湧き上がってきたんです。

「もう一度チャレンジしたい」という思いを人に会う度に打ち明けていたら、友人を介して日本在住のアメリカ人、ダグラス・スミスに話が伝わり、手を挙げてくれたんです。「命を失いかけたにも拘らず再挑戦するのはすごいことだ。ぜひ一緒に挑戦したい」と。

その時は「危ないからやめておけ」「せっかく助けられたんだから、命を粗末にするな」という忠告を随分受けました。僕はそういう人をドリーム・キラーと呼んでいます。逆にダグラスのように背中を押してくれる人はドリーム・サポーターです。

荒波で思い知らされた弱さとちっちゃさ

(再度の航海は)ハワイ沖を経由し、日付変更線くらいまではずっと順調でした。ただ、日本近海はすごく荒れるんですよ。その上、台風崩れみたいな嵐に遭遇してしまったんです。風は秒速25メートルもあって、高波に6メートルくらい持ち上げられてはバーンと落とされる。

ピークは5、6時間続きましたけど、それは怖かったですね。自然界の荒波の中では何もできないんだなと、自分の弱さ、ちっちゃさを思い知らされて、泣きながら「俺は何やってんだろう」と繰り返していました。

途中でセールを巻き取るロープが絡んでしまったので、命綱を締め、デッキに這いつくばりながら移動して、絡まったロープを外しました。生きた心地がしませんでしたけど、それで帆が小さくなって危機を乗り切り、太平洋横断を成し遂げることができたのです。

飛行機なら12時間もかからないところを、僕らは55日間もかけて、文字通り命懸けで横断したわけです。「どうしてそんなことをやるんだ?」ってよく言われるんですけど、そこで得られる感動というのは飛行機で来た人には絶対に味わえない。困難や苦難や試練を乗り越えた人にだけ味わえる感動があるんです。

僕はいま、第三の命を生かされていると思っています。目が見えなくなって自殺を図った時、最初に太平洋横断に挑んで鯨にぶつかった時、二度にわたる死の危機を乗り越えて生かされている。だから、この成功をただの成功で終わらせてはならないと思うんです。

いま困難や苦難や試練に直面している人たちに、その先には必ず感動がある。それを乗り越えたからこそ味わえる感動が待っていることをお伝えしたいんです。

(本記事は月刊『致知』2020年1月号の特集「自律自助」の一部を抜粋・編集したものです。あなたの人生、健康、仕事の糧になるヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

◇岩本光弘(いわもと・みつひろ)
昭和41年熊本県生まれ。幼少期は弱視だったが16歳で全盲となる。筑波大学理療科教員養成施設に進学し、在学中アメリカ・サンフランシスコ州立大学に留学。筑波大学附属盲学校鍼灸手技療法科で教員として勤務。平成25年ヨットにて太平洋横断に挑戦するも、トラブルが発生し断念。平成31年4月に全盲セーラーとして世界初の太平洋横断に成功。令和元年「第12回海洋立国推進功労者表彰」(内閣総理大臣表彰)。著書に『見えないからこそ見えた光』(ユサブル)がある。

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