2023年10月06日
日本人初の国連難民高等弁務官としてご活躍された緒方貞子さん。2019年に逝去された後も、惜しむ声は絶えません。恵まれない環境にある人々の救済のために生涯を尽くされた緒方さんを偲び、文学博士の鈴木秀子さんの『致知』連載記事から、そのお人柄が伝わってくる言葉、エピソードをご紹介させていただきます。
◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。
1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください
緒方貞子さんの言葉
〈鈴木〉
私も若い日にある人のひと言でハッとさせられた経験があります。
学生時代にエッセイの大きなコンテストがあり、私の大学からも私を含めて数名が選ばれました。その全体のテーマは「これから日本は東洋の国々にどのように貢献できるか」といったものでした。
いまだに戦時中の軍国主義的な思想を引き継いでいた私は、その思いを軸にして「日本は強い東洋のリーダーにならなくてはいけない」という内容の文章をしたためました。すると、先輩である緒方貞子さんが、このエッセイを読み、私に次のようにおっしゃったのです。
「それは思い上がった考え方だと私は思います。これからの東洋は日本一国が強いリーダーでありさえすればいいというのではなく、すべての国々が皆一つになって、自分たちができることをお互いに提供しながら、支え合って生きていくべきです。日本はそのために貢献できる国にならないといけません」
このひと言を聞いた時、私は自分の傲慢さに気づかされると同時に、戦争中から引きずってきた様々な知識や複雑な感情が一気に吹き払われていく感覚を持ちました。いまでも、その瞬間はよく覚えています。
外交官の娘として幼い頃から海外生活を体験し頭脳明晰、しかも卓越した英語力で国際感覚豊かな緒方さんは、私たち学生の羨望の的でした。
その緒方さんを、当時のマザー・ブリット学長は後に、「私が教えた生き方の神髄を徹底して実践してくれた人」と、とても称えられていました。
ブリット学長は常日頃、学生に向かって「私たちが住む社会は様々な矛盾に満ちています。しかし、その矛盾を超えて、どのような人でも神様から大切にされていることを自覚し、人々のために尽くせる人になりなさい」とおっしゃっていました。
国連人権委員会の日本代表、国連難民高等弁務官などの要職を歴任し、いまなお国際平和のために尽力されている緒方さんの歩みは、まさにブリット学長の言葉を体現したものでした。
緒方さんの言葉が若き私の心に強く響いたのは、その真剣な生き方が言葉の強さとして表れていたからに他なりません。
随分、昔の出来事ですが、私の人生の一つの転機となった忘れ難い思い出です。
(本記事は月刊『致知』2019年9月号 特集「恩を知り 恩に報いる」から一部抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。◇鈴木秀子(すずき・ひでこ)
東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学教授を経て、現在国際文学療法学会会長、聖心会会員。日本で初めてエニアグラムを紹介し、各地でワークショップなどを行う。著書に『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』(致知出版社)などがある。『致知』にて「人生を照らす言葉」を連載中。