経営の神様・松下幸之助に学ぶ「叱り方」

部下の育て方や「叱り方」で悩んでいる管理職が多いと言われています。その点、戦後の産業界をけん引してきた名経営者の一人、松下電器産業(現・パナソニック)の創業者、松下幸之助は人づくりに長け、没後30年のいまでもその手腕から学べることは多いようです。企業研究に長年取り組んでいる加護野忠男・神戸大学名誉教授に、「幸之助流」の人材育成法について語っていただきました。

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普通の人を採用して育てる

日本を代表する名経営者といえば、松下電器産業(現・パナソニック)創業者の松下幸之助の名前を思い浮かべる方が多いでしょう。しかし、幸之助さん自身は決して技術の天才であったというわけでもなく、技術面ではごく一般的な才能の持ち主であり、特別優れた閃きに恵まれていたわけではありませんでした。

そういう面で松下電器は、井深大や本田宗一郎といった技術的な天才が創業したソニーやホンダなどとは違ったタイプの会社だったと言えます。

その一見平凡な経営者が、ソニーやホンダを上回る巨大企業をつくり上げることができたのは、自分自身を含めた多くの人々を仕事を通じて育てていったからにほかなりません。

実際、幸之助さんは他のどの経営者より「人を育てる」ということを真面目に考えた人でした。零細企業から出発した幸之助さんは、優秀な人材を採用することができず、普通の人を採用して育てる以外なかったのです。

松下流の人材育成の方法は、ナショナルショップ店などの後継者を教育する「松下幸之助商学院」という学校に行くとよく分かります。この学校の教育方針の一つが「凡事徹底」です。

基本は「凡事徹底」と「覿面注意」

「凡事(ぼんじ)徹底」は整理・整頓・清潔・清掃・躾(しつけ)の「5S」に始まり、道を歩く時はポケットに手を入れない、靴を脱いだら真っ直ぐ揃えるといった、日頃の身の回りのことをきちんと行う習慣を身につけさせることで、人を育てていくという考え方です。

また、この習慣づけは、経営を成り立たせる上で何よりも大切な精神、正直さ、真面目さ、愚直さといった精神を涵養することにも繋がってきます。

そして、もう一つの教育方針が「覿面(てきめん)注意」です。これは凡事ができていない人に、すぐその場で厳しく注意をする、叱る。実際、幸之助さんはかなり厳しく人を叱っていました。

幸之助さんは特に優秀な人には大きなことではなく小さなことで叱ったといいます。幸之助さん自身、

「小事にとらわれて大事を忘れてはならないが、小さな失敗は厳しく叱り大きな失敗に対してはむしろこれを発展の糧として研究していくということも、一面では必要ではないかと思う」

という言葉を残しておられますが、これは「小事は大事」という考えに基づいています。

叱った後には電話でフォロー

幸之助さんが小さなことを叱った理由は2つあると思います。

1つは合理的な判断への戒めです。よい大学を出た頭のよい人というのは合理的に物事を考えがちですが、得てして本筋だけ外さなければよいと、小さなことを無視してしまいがちです。幸之助さんは、小事が積もり積もることによって組織は弱体化していくことに気づいておられたのでしょう。

第2には、小さなことを軽視するような状態は、おそらく組織が緩んでいることの示す一種のアーリーウォーニング(早期警戒)ではないか、ということです。

初めから大きな不正をするような人はあまりいません。小さな不正から始まって、次第にそれがエスカレートして大きくなっていくのが現実の姿です。

また、面前で叱ることには、叱られた人以外の社員にも、「それは悪いことなのだ」と、その職場の価値観を知らせるといったコミュニケーション効果もあります。ただ、厳しく叱るだけでは相手の意欲を挫いてしまう危険性があります。

その点も幸之助さんは心得ていました。幸之助さんは電話魔だったといわれていますが、叱った後には必ず本人に、「元気にしとるか」「機嫌よう、働いているか」と電話を掛けた。ここに幸之助さんが叱って人を育てる、〝叱り上手〟といわれる所以があります。


(本記事は月刊『致知』2016年12月号 特集「人を育てる」の記事から一部抜粋・編集したものです)

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◇加護野忠男(かごの・ただお)
昭和22年大阪府生まれ。45年神戸大学経営学部卒業。47年神戸大学大学院経営学研究科修士課程を修了後、神戸大学大学院経営学研究科博士課程に学ぶ。現在神戸大学名誉教授、甲南大学特別客員教授を務める。

◇松下幸之助(まつした・こうのすけ)
明治27年和歌山県生まれ。大正7年改良ソケットを考案して独立し、家庭用の電気器具製作所を創業。昭和10年松下電器産業(現・パナソニック)に改組以後、家庭電化製品の大メーカーに育て上げた。平成元年逝去。

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